三人目・リョウヘイ
ゴトウにウダガワ、知人というには親しすぎる仲間を失い、リョウヘイはふさぎ込んでいた。
「何なんだ一体…二人ともメールに殺された?そんな馬鹿な話があるかよ…」
ケンから聞いた話。普通ならとても信じるなんて出来ない。だが、二人共にメール通りの死を迎えている…その事実が、リョウヘイの頭を支配していた。
「とにかく、もし『半角文字のメール』がきたら、お互いにすぐ連絡しよう」
ケンはそう言っていたが、もしかしたら次は俺か−?リョウヘイは恐怖の中、二人と自分の共通点を探していた。
「あっ…!?『アレ』が原因なのか…?いや、まさかそんな…」
ピロロロ…ピロロロ…
リョウヘイの思考は、携帯の音で中断された。
「…ったく、誰だよぉ」
画面には、
『受信メール1件』
リョウヘイの顔が、蒼白になった。内容は、見なくても判る。見てはいけない、だけど、見なくてはならない。リョウヘイはメールを表示させた。
『アト、ミッカ』
画面の真ん中にある、半角文字…
「きた…」
脊髄に氷を撃ち込まれたような感覚。口の中は渇ききって、呻きも出せない。
リョウヘイは、茫然自失のまま、画面を見つめているばかりだった…
我に帰ったリョウヘイは、直ぐにケンに電話した。
「リョウヘイ?…!!もしかして『きた』のか…!?」
ケンの声は震えていた。リョウヘイも震えた声で返事を返す。
「ああ、『きた』…やっぱり『アト、ミッカ』だった…」
二人の間に重い沈黙が流れた。実質、二日しか猶予は無い…
「ケン、それでな…」
沈黙を振り切るように、気になっている事をリョウヘイは切り出した。
「俺達には、一つだけはっきりした共通点がある」
何故か、リョウヘイには、それこそが“重要”だという確信があった。
「俺達は、『あそこ』に行って『アレ』を見た…」
ケンも、その言葉に、思い当たるものがあった…
「ああ、『アレ』か…出来れば思いだしたくなかったな、『アレ』は…」
互いに脳裏に浮かんだ『アレ』。それは、言葉にするのも悍ましい『幻影』、いや、『悪夢』…
「つまり、『アレ』が俺達の命を狙ってるんじゃないかと思うんだ…」
有り得ない、だが『アレ』ならば有り得るかもしれない…だとするならば。
「リョウヘイ…それじゃこれは…」
リョウヘイの答えはやはりケンの想像通りだった。
「ああ…。きっと間違いなく『アレ』の“呪い”だろうな…」
『アレ』。それについては数週間前に話が遡る。
いつもの週末。いつものメンバー。リーダー格のゴトウが切り出した。
「実はな…ダチに聞いたんだけどさ、わりと近くに、『惨殺事件』があった家があってな。そこが『出る』らしいんだよ。皆で行ってみようぜ?」
よくある“都市伝説”というやつなのだろう。そこへ“肝試し”に行こうというのだ。
「いいね、たまには刺激的な事も必要だよな!」
ウダガワが話に食いついたが、リョウヘイとケンは素直に話にのれなかった。
「…なんか嫌な予感がするっすよ、先輩…」
リョウヘイが言うと、
「おいおい、いきなりビビリ全開かよ、リョウヘイは…結構有名らしくてさ、中には女の子だけで見に行ってる奴らもいるってさ」
ウダガワは半ば呆れ顔で
「ナンパ目的かぁ?」
ゴトウは頷いて、
「怖い時って、女の子は側の男に頼るらしいぜ?それってチャンスじゃね?」
あくまで呑気なゴトウに、ケンも吹き出した。そして四人はその廃屋に向けて、車に乗り込んだ−−
廃屋に着く頃には、日も暮れて、夜の帳がその建物を包んでいた。
外見はごく平凡な二階建てで、廃屋という割には綺麗な外観を保っていた。
「なんだ、今日は俺達が一番乗りみたいだな…」
辺りを見回してウダガワが呟いた。
「ま、せっかく来たんだしな…少しすれば『お仲間』が来るんじゃね?」
ゴトウはそう言いながら、玄関に向かうと、扉のノブに手をかけた。
「ケン、ここはやべぇ」
リョウヘイがケンに囁く。少しだがリョウヘイには霊感がある。そこにいる“モノ”の危険を、彼の霊感は告げていた。
「おーい、何してんだよ!中に入るぞー」
ゴトウの声がした方を見ると、ゴトウに続いてウダガワが入っていくところだった。
「仕方ねぇ、行こうか」
ケンに促され、リョウヘイも中に入った。
すると、先に入った二人が立ち尽くしている。
「あ…あ…」
声にならない叫びをあげ、二人は前を指差している。そこには、あるはずの無い『モノ』があった。
髪の毛で梁に吊された女。全裸にされ、胸から下腹部まで切り裂かれ、傷口を開かれている。中は何も無い…中身は、足元に拡げられていた。胃、肝臓、脾臓、肺、そして心臓…
腸は全て引き出され、彼女の手足を縛りあげている。辺りに血が全く無い事が、臓器をより鮮明に見せることになったが、そこは血の匂いでみたされていた…
顔はうなだれていたが、やがてゆっくりと頭が上がっていった…その虚ろな目が四人を見た、いや、睨めつけた…四人の恐怖が臨界点に達した。四人は叫ぶ事も忘れ、入口に向かって走った…
廃屋で見た惨殺死体の幻。一連の不審死は『彼女』によるものなのか…ケンもリョウヘイも、そう考えるのが自然に思えた。
「だけど…仮にそうだとしても、だ」
リョウヘイはケンも今抱いている疑問を口にする。
「俺達は何処で、何をすれば助かるんだろう?」
二人は『何処』については見当がついていた。
「あの廃屋、か…でもリョウヘイ、『何をする』かが一番の問題だな…」
しかし、リョウヘイは首を振って言った。
「お前、あの廃屋が何処にあるか覚えてるか?」
「あ…」
そう、あの廃屋の場所は、ゴトウしか知らなかったのだ…
「ケン、ネットで調べられる筈だよな?割と有名みたいだったしな?」
ケンは頷いて応えた。
「やってみよう、時間も無いから、急ぎまくるしかないな…!」
そして、一日、二日と時は過ぎていった…だが、どこにもあの廃屋の情報は無かった。ついにリョウヘイは壊れ始めた…ケンも近寄れなくなり、周り全てに当たり散らした。だが、時は無情に過ぎていった−
最期の朝。やはりメールは送られてきた。
『キョウガ、メイニチ』
「やっぱりきたか…」
なぜかリョウヘイは落ち着き払っていた。観念した、というか、或いは心の片隅に助かる奇跡でも抱いていたのか――
「俺の死に方はなんだろうな…?せめて、派手に逝きたいもんだな…」
そう思った時、着信音が鳴った。
「おう、ケンか。やっぱしメール来たぜ…『キョウガ、メイニチ』だとさ」
ケンの溜息が電話の向こうで聞こえた。
「そうか…でも、まだ諦めるのは早いだろ?」
ケンの言葉も、今のリョウヘイには虚しく聞こえた。せめて、こいつには−−
「ケン、お前は何とか生き残れ…俺達の仇をとってくれ…」
「リョウヘイ…」
「じゃあな…」
リョウヘイは最期の電話を切った。さて…
とりあえず、家の中には居たくなかった。リョウヘイは散歩にでも行くような気楽さで家を出た。愛車のバイクに跨がり、死に場所を探しに…
リョウヘイは、街を抜け、人気の少ない港に向かってバイクを走らせていた。やはり、自分の屍を人目に晒すのは嫌だった。
「もう、この辺でいいか…さあ、どうするんだ?」
リョウヘイは『彼女』に向かって問い掛けていた。暫くの後、『その時』はやってきた。
ピロロロ…ピロロロ…
「きたか…」
そして、メールを見たリョウヘイは首を傾げた。
『オワリハ、ヤキツクシ』
焼き尽くし?こんな所で?何しろ港なのだ。火の気は無い。
「そりゃ無理だろ…」
リョウヘイは煙草に火を点けた。これが最期の煙草だと思いながら煙を眺めていた。
「さて、と…」
リョウヘイは煙草を投げ捨てた。次の瞬間…
「うわああああっ!?」
リョウヘイの全身を炎が包んだ。バイクから漏れだしたガソリンが、リョウヘイの足元に一直線に流れていた−−−
「宣告通り、だな…」
そう自嘲めいた最期の言葉も、烈しく燃え盛る炎に焼き尽くされていった…