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狼少女 みさき  作者: なつき
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不思議な転校生

その転校生の名は雪之丞(ゆきのじょう)という、ぱっと聞けば記憶に残りやすい名前をしている。見た目はわりと美少年、しかし、他の美形に紛れたら目立たない三枚目ぐらいの少年だ。ごく普通の黒い髪を適度に短く切って寝癖だらけの爆発頭、洗顔は水だけで済ませているような無頓着な少年で。せっかく将来を楽しみにしている女子の先輩方の夢を台無しにしているのである。

趣味は日光浴らしく、休み時間になればよく人気の無い場所で珍妙な味のパックジュースを片手に寝転んでいる。そしてすぐにうとうとしてしまうのか、いつも一日の内に何時間かは授業をサボっているのである……。


なんで私ことーーみさきがこんな事を覚えているかというと。こいつとは同じクラス、そして私は購買部に所属していて。物珍しいパックジュースを毎日買いに来る転校生を覚えてしまっただけだ。他に何も烏賊(イカ)は無いーーじゃない!! 他に他意(タイ)は無いだ!! ちょっぴり海産物に読み方が似てたから勘違いしてしまった。迂闊である。

おや? 馬鹿な事を考えていたら、本日もやって来た。いつも通りの無頓着な制服の着こなしにクラゲみたいなふわふわした歩き、そしてまるで四コマ漫画の主人公みたいに現実感の無い佇まいで。

「やぁみさき、ジュースくれ」

気安く片手を挙げてのご注文。

「どれにするの? 雪之丞?」

みさきはため息混じりに内容を聞いた。こいつの酷い味音痴は慣れっこだからだ。

「“玉虫色の山脈に赤紫の不死鳥はささやく”で」

百円出して、ご注文。みさきは半眼で冷蔵庫からパックジュースを取り出した。ちなみにこのジュース、商品の名前ではなくて“味”の名称だ。この世で知りたくないものいくつかに眠っている時に食べている可能性があるゴキブリの話と同様に、このジュースの味も……知りたくない。

「……はい、どうぞ」

「おぉ、ありがとさん」

雪之丞はみさきから、でかいゾウリムシ……ではなくて、それを連想させるでかいペイズリー柄がたった一つ描かれたパックジュースを受け取る。どうにも最新鋭の悪意を込めた臭いがする。本当にどんなジュースなのかな? これ?

「ねぇ……これ美味しいの?」

……知りたくは無いのだけれど、恐いもの見たさだ。

「おー、なんかこのピクルスと煮干しのジュース、イノセンスな味がするんだわ。解るか?」

「ごめん、解んない」

聞いても無駄だったよ、おまけにピクルスと煮干しのジュースだったらしいよ? あれ? ……てか、さ? なんでよりによってピクルスと煮干しをジュースなんかにしたのさ? みさきは自慢の若干赤の入った長い黒髪をかき上げて、またもやため息。

「ところで今日はどこでおサボり? いい加減にしとかないと先生が怒ってたよ?」

「あー……そうだな天気がいいし《屋上でも行こうかな》?」

こいつと接するときに、覚えた事がある。大事な事なのでみさきはいつも気を付けている。

「何を言ってんの? 誰が《屋上に行かない》よ? 今日は降水確率0%よ? いつも通り行くんでしょうが」

そう、こいつは嘘つきなのだと。みさきは気を引き締めて対応する。雪之丞はいつも、嘘をついて喋る。煙に巻く口調や大袈裟なごまかしは言うに及ばず、時々このように《屋上に行かない》と言っておきながら屋上に行くつもりというあべこべな事を言って。周りを混乱させるのも得意技だ。

狼少年ーーそれが陰口で囁かれる雪之丞のあだ名。いつでも嘘をつく彼らしいあだ名だった。

「あー……《悪かった》な。んじゃそーいう事で」

(ちっとも悪かったなんて思ってないでしょーが)

みさきはふてくされるが、表には出さなかった。

「あっそーそー。あんまり遅くまで残っちゃダメだって先生達が言ってたよ!」

「ふーん……」

気の無い返事で彼は行こうとし、

「まっ《残るのは反対》だな? なにせ《めんどくさい問題》があるし……」

ぽつりと、呟く。

「えっ?」とみさきが聞き咎めたが、彼はしまったという顔をして。ちっとも本心に聞こえないお礼を述べながら先に行く。

ひらひらと振る手には、指ぬきグローブが片手だけにはめられている。ブレザーに指ぬきグローブなんか合うわけない。明らかに中二病もサービスという訳だ。

残れって……言っているのか? アイツは?

冗談じゃない。みさきはますますそっぽを向いた。


この学校を影から護る勇者がいるらしいというのが、結構前から“七不思議”に加わった話だ。いつも聞く度にバカくさとみさきは思う。どっからどう考えたってそんなもの作り話だし、おまけに七不思議なのに七つを超えてるし。

でもその内二つ、これぞ本当と云われる物語があると、これまた手垢まみれの噂が囁かれている。

その内の一つはーー逢魔ヶ時に校舎を歩いていると、この世の理と違う存在に出逢い現実に還れなくなる……とか。

今時こんな話にうつつを抜かす奴などいるのか。みさきには疑問でならない。何せ自分達は高校受験を控えているのだし。

……まぁそれでも、挨拶かコミュニケーションと名の付く根も葉も無い与太話の伝播普及作業の一環として、使われ消費して……やがては忘れ去られる。つくづく……暇な連中だよね? 私たちってさ。みさきは鞄を片手に持ってそう思う。

時間はすっかり夕暮れを過ぎて、ブラスバンド部の演奏も聞こえてこない。購買部の活動ですっかり遅くなってしまった。まぁ仕方の無い事だ、どこの部活も大変なのだから。

ーー平和だねぇ……みさきは帰る前に窓から燃え残りみたいにちっぽけな黄昏を見つめる。

この学校は本当に平和だ。いじめも学級崩壊もスクール・カーストも、何一つ存在しない。ただただ、昨日と同じような今日が始まって終わるだけ……。いつも通りの一日だ。

さて、と。帰りますか? 帰ったら勉強と遊びです。

といっても、自分は独りぼっちだ。みさきは窓に映る自分を見て、思う。みさきはどうしても他人との会話が得意ではない。いつもいつも、間がもたない。頑張って得意になろうとはしたが……出来なかった。

だから、もうどうでも良くなった。私はそんなのどうでもいいから他の事を頑張ろう。コミュニケーションは取りたくなったその時に頑張ろう……その程度だ。

帰る前に購買部を一旦見回ってこよう、あわよくばジュースを自販機から買って飲もうと。みさきは思い、教室を出る。

廊下をまっすぐ購買部へと向かうと。カウンターにちっちゃい何かがいた。

少女だ、それも自分より年下の。透き通った青色の髪とでもいうような透明感のある色の中に金を薄く混ぜた白色の輝きが宿る髪色。まるで月光を氷河の中に封じ込めたみたいな髪色だ。染めたのでなければーーいや、染めても不可能な髪色だ。

そんな現実離れした存在が、カウンターを覗き込んでいる。

……なにしてるの? アレ? 訝るみさき、だけど、不思議と恐怖は起こらない。

ーーむしろ、懐かしい……? そんな気がした。

彼女……なのか? とにかく、その存在がこちらを向いた。

そして、にこりと笑う。金属みたいに冷たい笑顔。でも、嘲りも悪意も感じない。

「何か欲しいの?」

こんな不審者に話しかけるなど、普通ならあり得ない。しかしみさきはこの存在に親しみを感じたのだ。

そっと近寄ろうとしたみさきが手を伸ばす前に、軽やかに身を翻して立ち去って行く。

何だったのか、それは解らない。

ただ唯一言えるのは、七不思議の真実が一つ《嘘っぱち》になったという事だ。

だって私は、こうして現実に帰ってきたのだから。


今日も昨日と同じような一日が始まった。いつものホームルームにいつもの授業。聞き飽きて眠る奴の顔ぶれまでもが同じだ。

そしてアイツは……雪之丞の奴はやっぱりいない。みさきは《右斜め前の雪之丞の席》を見て嘆息する。まったく今日は遅刻までしたくせにサボるとは……。ちなみに遅刻の理由は家の中にお化けが出たかららしい。みさきはその弁解を聞いていて真っ先にお化けじゃなくておバカが出たんだろうがと胸中で突っ込んだ。もちろん、おバカとはアイツの事だ。本当に、アイツは明日をちゃんと考えて生きているのか? 良い学校に行って良い職場に就職とか。

考えて、ないか。みさきは呆れた。アイツは今日が愉しければそれで良いような真性の大馬鹿野郎だ。アリとキリギリスなら間違いなくキリギリスの方だ。それも死に際になって無様に泣き叫ぶような。

そう言えば……昨日のあの子はいったい何だったのか? みさきはふと思い出した。あの、ちょっと懐かしい感じの子。

どこかであった事がある……のか?

そんな馬鹿なとみさきはかぶりを振る。いくら何でも自分に人外と交信が可能な程、電波の受信率はよろしくはない。大方は既視感、デジャビュという奴だろう。

まぁ解らないものは考える必要が無いと。みさきは黒板に向き直り必死にノートに写そうとしたその時だった。


いきなり、空気にひび割れるかのような衝撃が走る。


……!? 何!? 今のは?! みさきは音を立てて、姿勢を崩す。

「どうした、みさき?」

「いえ、何でもありません」

異変を察知した教師から尋ねられて、みさきは慌てて返事を返す。

そう言えばと、みさきは七不思議の一つを思い出す。実はこのクラスにたった一つ、本当の話が存在している。

内容は《常に空いた席》。このクラスには何故か常に誰も座らない席が存在している。たったそれだけだ。でも理由は全く不明。ただただ、そこに存在している。それだけでも……薄気味悪いものだ。

ちょうど自分の席から見て《右斜め前の席》だよねと。みさきの視線がつい向いてしまう。

しかしその席が何かを答えてくれる事は無い。そんな事より勉強よと、みさきはノートの筆記に勤しんだ。


「今回は、長持ちした方だな?」

『現マスター、寂しくないですか?』

「もー《慣れちまったよ》」

『……嘘つき』

「結構だ、そーいう誓いだっただろ?」

「……」


転校生が、来るらしい。

こんな半端な月の半端な日に来るなんて、今日はまた珍しい一日だねとみさきは思った。どこからともなく転校生の噂を聞き付けたクラスの連中は、浮かれてどっちの性別か話に花を咲かせている。女子はかっこいい男子で男子は可愛い女子と。どちらも身勝手な噂をしているけれど、内容には代わり映えが無い。どちらも自分達に特になる異性がいいと言ってるだけだからだ。

また始まるホームルーム。教師の挨拶と連絡事項の後に“彼が”入って来る。

入って来た彼は中々の美形さんだ。しかし、他の美形に囲まれたら目立たない三枚目な見た目。

しかし……見た目は悪くないくせに外見はまるで無頓着。適度に短く切った黒髪は寝癖の入った爆発頭。おまけに洗顔は水だけだと言わんばかりの感じを受ける。あれじゃせっかく年上受けしそうな顔立ちが台無しだ、さぞ先輩方は無念がるだろうなとみさきは思う。

そして一番の特徴は、どことなく胡散臭いーーまるでそうーー《四コマ漫画の主人公が現実化したような》空気を醸し出している、はっきり言って、変な奴だ。おまけに右側の手にだけ指ぬきグローブなんかはめている中二病全開だし。

「転校生の、“雪之丞”君だ。皆、仲良くしてあげてくれ」

「雪之丞です、……よろしくお願いいたします」

教師が黒板に名前を書いて、彼もそれに合わせて挨拶をした。

雪之丞……か、ちょっと聞かない名前だね? 皆がまばらに歓迎の拍手を行う中、みさきはそう思った。

雪之丞はみさきの右斜め前の席に座った。勝手に座っていいのかとは思ったが、あそこはずっと空いている席だ。問題は無いだろう。

やがてホームルームが終わると。皆がこぞって彼の元に集まった。仲良くなりたい、もしくは、自分に役に立つ人種、あるいは敵かどうかを確認する為に。

我ながら、歪んだ見かただよと。みさきは自身に呆れながら耳を傾ける。

「雪之丞の前の学校ってどんな感じだった?」

「《最低最悪だ》」

「へー、そんなによい学校か~。いいなぁー」

「……まぁ、な」

「転校してきて、この学校はどう思う?」

「《平和だねぇ》」

「おいおい、何言ってんだよ? ここは県下でも有数のいじめも学級崩壊も無いんだぜ?」

「だろーね?」

「まったく……ところで、その似合わねー手袋は……何だよ?」

「これか? 《平和をもたらす》勇者の力さ!」

「……へぇ、さいですか」

そんなこんなの対話を繰り返した結果。彼に集まる人だかりは休み時間ごとに目減りしていった。彼は皆の目から見て“異質”な存在と認識されたからだ。

そして彼は、このクラスで浮いた存在となるのにほんの半日とかからなかった……。

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