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恋愛小説のはずでした

元婚約者に贈り物を断ったら、なぜか喜ばれました

作者: 堀吉 蔵人
掲載日:2026/10/01

「ノラ、君はいつも喜んでくれるから、祝い甲斐があるよ」


 婚約者のその言葉に、私はいつものようには笑えなかった。

 応接間の卓上には、結婚披露宴の招待客の名簿が広げられている。私たちが前に相談した時の、三倍ほどの厚さになっていた。

 セドリック様は二十三歳。アステル伯爵家の跡取りで、笑うと少しだけ左の頬にえくぼができる。二年前、婚約の申し込みを受けた時には、そのえくぼを見るだけで嬉しかった。


「披露宴は、親しい方だけにしたいと申し上げました」

「もちろん、親しい人ばかりだよ。父の付き合いがある家も招かなければ、あとで気まずくなる。君の友人も、もっと呼んでいいんだから」


 私の友人を増やせば、私の望んだ祝いになると思っているのだろうか。

 たくさんの視線を受けながら、誰だか分からない方にも笑いかけて、失礼のない返事を考え続ける。社交の場で必要なことなのは分かっている。それでも、自分たちの結婚を祝う日には、少し落ち着いて彼と話したかった。

 そのことを、前の打ち合わせでも伝えた。セドリック様は私の手に手を重ね、「分かった」と言ってくださったはずだった。


「私は、大勢の方に囲まれるのが苦手です」

「でも、前の誕生日には楽しそうにしていただろう? 君は遠慮してしまうけれど、始まってみれば楽しめるんだ」


 あの誕生日。

 二人で夕食を取りたいとお願いしたのに、彼は友人を十二人招いていた。驚かせたかったのだと聞かされて、私は皆様に笑顔でお礼を言った。帰宅してから、何も食べられなかったことに気づいて、母に温めてもらったスープを飲んだ。

 翌日、嬉しいけれど次は二人で過ごしたいと伝えたら、彼は笑った。

 その笑顔を曇らせたくなくて、私もそれ以上は言えなかった。


「楽しそうにしていなければ、皆様に失礼になるでしょう」


 名簿から顔を上げた彼が、初めて困ったような顔をした。


「……そんな言い方をしなくても。みんな、君を祝いたくて来たんだよ」


 胸が痛んだ。人の好意を受け取れない、ひどく意地の悪い娘になった気がした。

 けれど、ここで謝ったら、きっと結婚の日も同じように笑うのだ。その先も、毎年の誕生日も。私が望んだことは、私の喜ぶ顔を想像している彼の前で、なかったことになっていく。


「では、私は何と言えばよかったのでしょう」


 彼の手が、名簿の上で止まった。


「大勢は苦手です。二人がいいです。そう申し上げても、遠慮だとおっしゃる。喜ばないのは悪いことだと言われたら、私には、笑うほかに何ができますか」


 好きだった。

 社交に慣れず、初めての舞踏会で隅にいた私に、彼は踊りを強要しなかった。庭で休もうと誘って、私が落ち着くまで自分の失敗談を話してくれた。少しも立派ではない失敗ばかりで、最後には私も笑っていた。

 この人となら、背伸びをしなくてもいい。そう思って婚約を受けたのに、いつから私は、彼の望む顔ばかり探すようになったのだろう。


「私が喜ばない時にも、話を聞いてくださいますか」

「ノラ、だから、君のためを思って——」


 そこまで聞いて、私は膝に置いた手を握った。

 彼のために外しておいた、上着のきつい襟留めを思い出した。仕事帰りに眉間を押さえていた日、眩しいのかと思って、灯りを一つ遠ざけたことも。

 私のしていたことが全部正しかったとは思わない。ただ、彼が困ったと言うなら、その先を聞きたかった。彼にも、そうしてほしかった。


「婚約を、解消してください」


 セドリック様が椅子を引く音は、ひどく大きく響いた。


「そんなことまで言わなくてもいいだろう。披露宴の人数なら、減らせば——」

「人数を減らしていただきたいのではありません。このまま、結婚したくないのです」


 自分の口から出た言葉に、私自身が傷ついた。

 彼と結婚したかった。二人で食事をして、くだらない話をして、年を取ってもあのえくぼを見て笑っていたかった。それを諦めるのは、少しも晴れやかなことではなかった。

 それでも、結婚したくないという今の気持ちまで、なかったことにはできなかった。


 * * *


 母は、私の話を途中で遮らずに聞いてくれた。

 伯爵家との話し合いを経て、一週間後には正式に婚約が解消された。婚約指輪は母から伯爵夫人へ返された。左手が軽くなったのに、胸の奥は重いままだった。

 セドリック様から面会を求める手紙が来た時、私はまだ会いたくないと返事をした。断りの文面を書くのに、便箋を三枚も無駄にした。


「短くていいのよ。会いたくない時に会って、平気な顔をしなくていいの」


 母にそう言われて、ようやく封をした。

 彼は屋敷へ押しかけてこなかった。花も届かなかった。その代わり、数日後に一通の手紙が届いた。

 披露宴のことを正当化する言葉は、書かれていなかった。


『君が大丈夫だと言うまで待つのが面倒で、喜んでいることにした。君は何度も希望を言ってくれたのに、僕は、僕のしたいことを変えなかった』


 その一文を、私は何度も読んだ。

 彼は、忙しさや家の事情のせいにしていなかった。私の言い方が足りなかったとも、書いていなかった。


『昨日、子犬に手袋を持っていかれた。取り返すために庭を走り回って、君に話そうと思った。君なら笑うと思ったからだ。けれど、君が最近どんなことで笑ったのか、僕は思い出せなかった』


 窓の外が滲んで見えた。

 彼の家の庭には、庭師が飼っている犬がいる。春に子犬が生まれたと聞いて、見に行きたいと言ったことがあった。その約束も、大きな夜会の予定に変わってしまったのだった。


『君がいないと、話したいことだけが増えていく。君の話も、もっと聞きたかった。今さらこんなことを言っても、君に聞く義務はない。返事はいらない。ただ、謝りたい。君の望みを小さなもののように扱って、ごめんなさい』


 私は手紙を畳んで、泣いた。

 欲しかった言葉だった。婚約していた間に、一度でも言ってほしかった。

 すぐ会いたいとは思えなかった。会えば、嬉しかったことばかり思い出して、自分をまた我慢させてしまいそうだった。


 その春は、叔母に付き合って、王都の店をよく歩いた。

 叔母は私の顔色を確かめてから、どこへ入りたいか尋ねた。決めかねていると、自分は帽子を見たいと言って、私の返事を待った。

 帽子を買わずに出ても、何も言われない。勧められた菓子が甘すぎると伝えたら、叔母は残りを喜んで食べた。それだけのことに、私はずいぶんほっとした。

 少しずつ、自分で選ぶのが楽しくなった。彼と話す時にもこんなふうでいられたらと、思う日もあった。


 正式な解消から六週間が過ぎた頃、私は彼に手紙を書いた。

 叔母の家の庭で、少しだけお話ししませんか、と。


 * * *


 約束の日、セドリック様は少し痩せて見えた。

 挨拶を済ませて向かいに座ったあとも、以前なら自然に伸びてきた手は、彼自身の膝の上にあった。叔母は私たちから少し離れた木陰で、刺繍をしている。


「来てくださって、ありがとうございます」

「呼んでもらえて嬉しい。……本当に、嬉しいんだ」


 二度繰り返した声がかすれていて、私は用意していた挨拶の続きを忘れた。

 彼は会えなかった間のことを尋ねた。私は叔母と出かけた話をして、初めて自分で帽子を選んだことを話した。似合うかどうかよりも、かぶって歩きたくなるものが欲しかったのだと。

 セドリック様は、どんな帽子かと聞いた。私が説明する間、別の話に変えようとはしなかった。


「今日は、君に渡したいものがあるんだ」


 彼が取り出したのは、青いリボンのかかった小さな箱だった。

 贈り物は嬉しいはずなのに、私はもう上手なお礼を考えていた。まだ、中身も見ていないのに。


「香水なんだけれど。春の新しい香りだと聞いて、君に似合うかと思った。香りを確かめる紙も、別に入れてもらった」


 箱の中には、細い金の線が入ったガラス瓶と、小さな封筒が収まっていた。瓶はまだ封をされている。

 封筒から試香紙を抜くと、甘く濃い花の香りがした。綺麗な瓶だった。花びらを重ねたような栓も、きっと高価なのだろう。

 けれど、この香りを自分の袖から一日中感じていたいかと問われれば、答えは決まっていた。


「ありがとうございま——」


 言いかけて、私は唇を閉じた。

 彼は私の顔を見ている。受け取って、次に会う時だけ使えば、喜んでくださる。それくらいなら、できる。

 そうやって、できる我慢を一つずつ増やしてきたのだ。


「申し訳ありません。こちらは、頂けません」


 彼の目が、箱に落ちた。


「贈り物を受け取るのは、まだ早かったかな」

「それも、少しあります。でも……香りが、私の好みではないのです」


 喉の奥が熱かった。私は試香紙を封筒に戻し、瓶の脇に収めた。箱は開けたまま、卓上を滑らせて彼の方へ押した。


「私には甘すぎます。使うのは、嫌です」


 最後の言葉は、小さくなってしまった。

 彼が選ぶために使った時間を、無駄にした気がした。店の方に相談する姿まで浮かんで、傷つけたいわけではないのだと、慌てて付け足しそうになる。

 セドリック様は、箱のリボンに目を落としていた。口元から笑みが消えている。失望したのが分かって、私の指先が冷えた。

 けれど、次に彼が顔を上げた時、そこには、困ったような小さな笑みがあった。


「残念だな。喜んでほしかったから」


 やはり謝ろうとした私より先に、彼が続けた。


「でも、言ってもらえてよかった。君がまた、僕に会う時だけ我慢して使ったら、僕は気づかなかったと思う」


 胸を押さえられたようになった。今、自分が考えたばかりのことだった。


「これを好きにはなれません」

「うん。持って帰るよ」


 彼は箱を閉じ、自分の椅子の脇に置いた。リボンも、ほどいた時と同じように掛け直した。持ち帰るつもりなのだと分かって、私はようやく息をついた。

 それから、また私を見た。今度の笑顔には、えくぼがあった。


「……どうして、笑っていらっしゃるのですか」

「君が、本当のことを言ってくれたから」


 そんな答えだとは、思わなかった。

 彼は頬を指で掻いて、言葉を探した。


「受け取ってもらえなかったのは、寂しい。でも、嫌だと言っても、僕とここに座って話してくれる。それが嬉しい。前は、君が嫌だと言うたびに、僕が言い直させていたから」


 私は膝の上の手を見た。白くなるほど握っていた指を、ゆっくりと開いた。


「嫌ですと言われて、喜ぶ方は初めてです」

「僕も、言われて嬉しかったのは初めてだ」


 笑うつもりはなかったのに、息と一緒に笑い声がこぼれた。

 あまりおかしそうにするのは失礼かと思って口元を押さえたけれど、もう遅かった。彼が目を丸くして、それから、本当に嬉しそうに笑ったから。

 贈り物を褒めてほしかった人が、今は、贈り物を断った私の笑い声を聞いている。

 そのことが嬉しくて、少しだけ泣きたくなった。


「私は、もっとさっぱりした香りが好きです。柑橘とか、少し木の香りがするものとか」


 頼まれてもいないのに、私は続けていた。


「叔母様と行ったお店で、好きなものを見つけました。でも、二つで迷ってしまって」

「どっちも買って——」


 彼は途中で口を閉じた。私は思わず顔を上げた。


「……すまない。まだ、全部聞いていなかった」

「はい。二つ欲しいのではなくて、どちらを使いたいか、考えているのです」


 今度は、言い直すのが怖くなかった。

 彼が少し恥ずかしそうに頷くのを見て、私は初めて、その店へ一緒に行ってみたいと思った。


 * * *


 翌週、叔母に付き添ってもらい、私たちは香水店を訪れた。

 迷っていた二つの香りを試香紙で確かめていると、セドリック様が一方を受け取った。その眉がわずかに寄る。


「こちらは、お嫌いですか」

「嫌いというほどではないけれど、少し、父の書斎を思い出す」


 言われて嗅ぎ直すと、確かに、磨いた家具に似た香りがあった。

 私は好きだった。でも、彼がこれをつけるたびにお父様を思い出すのだとしたら、それは少し気の毒だ。


「ご自分で使うものは、別にお選びになってくださいね」

「君と同じものにしなくていいの?」

「好みが違うでしょう。それに、私に会うたび、お父様を思い出されるのも困ります」


 今度は彼が声を立てて笑った。

 店の方が別の香りを運んでくるまで、その笑いはなかなか収まらなかった。私は二つをもう一度比べて、柑橘のあとに、ほんの少しだけ木の香りが残る方を選んだ。

 彼はもっと清涼な、草の香りのする一本を気に入った。


「ノラの選んだ方も好きだよ。さっきのより、君の近くで嗅ぎたいと思う」


 試香紙を片付けていた手が止まった。

 彼も自分の言葉に気づいたらしく、咳払いをして店の棚に視線を逃がした。別れた後でこんなふうに赤くなる彼を見るとは思わず、私まで顔が熱くなった。


「……こちらを、贈ってくださいますか」


 私は、選んだ瓶の前に指を置いた。

 セドリック様はすぐに返事をしなかった。私と瓶を見比べて、ようやく頷いた。


「喜んで。使うたびに、今日のことを少しでも思い出してもらえたら嬉しい」


 思い出すに決まっていた。

 私が選ぶ間、彼は帰りを急がせなかった。自分の好みに私を合わせようとも、私の好みと同じふりをしようともしなかった。

 包みを受け取って店を出る時、私は自然に笑っていた。お礼を言うための顔を、考える必要がなかった。


 それからも、私たちの好みは少しずつ食い違った。

 彼は休日を賑やかに過ごすのが好きで、私は人の少ない庭を歩きたかった。以前なら彼の行きたい場所へついていったけれど、今は、今日は静かに過ごしたいと伝えた。

 彼は残念そうにする時もあった。私も、彼と会いたいからこそ、誘いを断るのが寂しかった。

 それでも彼は友人との集まりへ行き、私は叔母との約束を守った。翌日に会うと、それぞれが見たものを話した。私がその場にいなかったことを、責める言葉は出なかった。


 一度、彼の友人に、いつになったら元どおりになるのかと聞かれた。

 私は返事を探した。彼が先に「僕が急がせることではない」と言ってくれたけれど、その後を、自分でも話したかった。


「今は、私が会いたい日に、お会いしています。それを、もう少し続けたいのです」


 友人が去った後、セドリック様は長いこと黙っていた。

 言いすぎただろうかと見上げた私に、彼は首を振った。


「会いたいと思ってくれているんだなと、今になって嬉しくなった。……返事に困ることを言って、ごめん」


 困ったのは本当だった。

 私ばかりが彼の顔を見て嬉しくなるのではない。そのことを、こんなふうに正直に伝えられると、どうしていいか分からなかった。

 私は彼の袖を軽くつまんで、また来週、と約束した。


 * * *


 最初の再会から二か月後、私はセドリック様を家の庭へ招いた。

 香水は、彼と選んだものを少しだけつけた。喜ばせるために我慢して使うのではなく、この香りで彼に会いたかった。

 薔薇の盛りが過ぎ、夏の花が咲き始めた庭を、二人で歩いた。彼の家の子犬がすっかり大きくなったという話を聞いて、今度は私も会いに行くと約束した。

 庭師の小屋の前で、私は足を止めた。


「セドリック様。結婚のお話をしても、よろしいですか」


 彼も止まった。

 驚いた顔を見ているうちに、自分がひどく緊張していることが分かった。断られるかもしれない怖さも、ほんの少しあった。私が望めば彼は何でも受け入れると、決めつけたくはなかった。


「私は、あなたが好きです」


 セドリック様の唇が動いた。でも、声にはならなかった。


「昔、私が緊張しなくなるまで、庭で失敗談をしてくださったこと。私の笑い声を聞いて、嬉しそうにしてくださること。ずっと、好きでした」


 彼を好きだった自分を、間違っていたことにしたくなかった。

 だからこそ、嫌だったことまで消してしまいたくなかった。


「私の話を聞いてくださらなかったのは、悲しかったです。もう、あんなふうには暮らせません。でも今は、嫌なことを嫌だと申し上げても、次にお会いするのが楽しみです。あなたのお話を聞きたいし、私の話も、聞いてほしい」


 目の奥が熱くなった。彼が何度も小さく頷くから、言葉が途切れそうになった。


「もう一度、あなたと結婚したいと思っています。あなたはいかがですか」


 彼は片手で口元を覆った。

 すぐに返事がなかったので、私は待った。庭の向こうで、母が使用人に何か話す声がする。いつもの午後の庭なのに、彼の返事を待つ数秒だけが、ひどく長かった。


「僕から、言ってもいいかな」


 ようやく聞こえた声は、掠れていた。


「君が一緒にいたいと思える人間になりたい。思いどおりにできない時も、君の言葉を聞く。嬉しい顔だけを見せてほしいなんて、もう言わない」


 彼は息をついた。目が赤くなっていて、私まで泣きそうになった。


「ノラ、愛している。僕と、結婚してください」

「はい。私も、愛しています」


 彼が笑った。笑おうとして、うまくいかなかった。

 肩から力が抜けたように、ほんの少し前屈みになった彼へ、私は自分から手を伸ばした。握り返す手は温かくて、少し震えていた。


「抱きしめても、いい?」


 私は頷いて、一歩近づいた。

 彼の腕が背中に回る。昔より少し遠慮がちで、それがもどかしくて、私は彼の上着を掴んだ。もう少し強く、と囁くと、腕に力がこもった。

 耳元で、ありがとう、と聞こえた。何に対するお礼なのか尋ねる間もなく、彼がもう一度私の名前を呼んだ。

 私は返事をして、彼の肩に頬を寄せた。草の清涼な香りと、自分で選んだ香りが、近くにあった。


 しばらくして顔を離すと、セドリック様は照れたように笑った。


「披露宴は、君の望む人数にしよう」

「それは、改めて相談しましょう。あなたが大勢に祝っていただきたいお気持ちも、私は知っていますから」


 彼が、少し驚いた顔になった。


「式の後は、親しい身内だけで、ゆっくり食事をしたいです。別の日に、ご友人をお招きするのはいかがですか。私が疲れたら、途中で少し休ませてください」

「そうしたい。僕の友人たちにも、君を紹介したいんだ。でも、十二人いっぺんに名前を覚えさせるのはやめるよ」


 誕生日の夜を覚えていてくれたことに、胸が温かくなった。あの夜の寂しさが消えるわけではない。それでも、同じことを繰り返さないための話を、今の私たちはできる。

 両親にはこれから二人で話そうと決めた。指輪も、一緒に見に行くことになった。


「贈り物には、厳しいですよ」


 私が言うと、彼は目尻を緩めた。


「知っている。嫌なものを嫌だと言ってくれるから、好きだと言ってくれた時に、ちゃんと喜べる」


 その言葉で、私の方が先に泣いてしまった。

 彼が慌ててハンカチを取り出すのを待たず、私はもう一度その胸に顔を寄せた。背中に回る腕は、今度は迷わなかった。

 好きです、と言うと、彼は聞き返さず、私を抱きしめたまま嬉しそうに笑った。

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