第八話 侮れぬ相手
八上城の評定の間には、緊張が漂っていた。
明智光秀率いる織田軍が丹波に入ったという報せが、ついに八上にも届いたのだ。
「明智光秀……か」
秀治が静かに呟く。
その声には、驚きよりも慎重さがあった。
秀尚が続ける。
「兄上。
明智は、織田家中でも随一の知将と聞きます。
丹波に入った以上、いずれ八上にも目を向けましょう」
家臣たちがざわめく。
だが秀香は、ただ黙って地図を見つめていた。
秀治が声をかける。
「秀香。
お前はどう見る?」
秀香はゆっくりと顔を上げた。
「……明智は、侮れぬ相手です」
評定の間が静まり返る。
秀香は地図の上に手を置き、淡々と語り始めた。
「まず、明智は丹波に入ってから、
いまだ一度も無用な戦をしていません。
村を荒らさず、兵を乱さず、
ただ“地形と国衆”を見て回っているだけです」
秀尚が目を見開く。
「……偵察を徹底している、ということか」
「はい。
丹波は山深く、地形を知らねば攻められません。
明智はそれを理解している。
まず地を読み、次に人を読み、
最後に城を読むつもりでしょう」
秀治は腕を組んだ。
「なるほど……
焦って攻めてくる相手ではない、ということか」
秀香は静かにうなずいた。
「明智は、八上を“最後”に回すはずです。
周囲の城を落とし、補給路を断ち、
八上を孤立させてから攻める。
その方が兵の損耗が少なく、確実です」
家臣たちが息を呑む。
秀香は続けた。
「そして――
明智は、八上の結束をすでに見抜いているでしょう。
兄上の温かさ、秀尚兄上の調和、
そして……我ら三人の“光”を」
秀治と秀尚が、わずかに目を見交わす。
「だからこそ、光秀殿は慎重に動く。
八上は、ただの山城ではないと理解しているのです」
秀治は深く息を吐いた。
「……秀香。
お前の目は、いつも先を見ているな」
秀香は首を振った。
「いえ。
ただ、明智が“こちらを侮っていない”と分かっただけです。
侮らぬ相手は、強い相手。
だからこそ、我らも備えねばなりません」
評定の間に、静かな緊張が満ちていく。
秀治が立ち上がった。
「よし。
八上は八上のやり方で備える。
明智がどれほどの知将であろうと、
我ら三人の光が揃っている限り、揺らぐことはない」
秀香は深く頭を下げた。
――明智光秀…
――あなたは侮れぬ。
――だが、我らもまた、容易には折れぬ。
八上の三つの光は、
静かに、しかし確かに強さを増していた。




