第六話 光秀、丹波へ入る
丹波国境の山道は、まだ冬の冷気をわずかに残していた。
木々の間を抜ける風は鋭く、馬の吐く息は白い。
その中を、明智光秀の軍勢が静かに進んでいた。
「殿、丹波の地に入りました」
先手を務める斎藤利三が馬を寄せる。
光秀は頷き、山の稜線を見上げた。
「……険しい地だ。
この山々が、丹波の国衆を守ってきたのだろう」
丹波は、ただの山国ではない。
地形そのものが城であり、
国衆たちはその地を熟知している。
利三が続ける。
「殿。
丹波の国衆は、いずれも結束が固いと聞きます。
中でも、波多野氏の八上城は堅城にございます」
光秀は目を細めた。
「八上……
山の尾根に築かれた城だな。
攻めるには骨が折れよう」
利三はうなずく。
「はい。
地侍の結束も強く、領民からの信頼も厚いとか」
光秀はしばし沈黙し、
やがて静かに言葉を落とした。
「……侮れぬ相手だ」
その声は低く、しかし確かな重みがあった。
軍勢は山道を抜け、丹波の谷へと入っていく。
村々はまだ静かで、
光秀軍の姿を遠巻きに見つめる者たちの気配がある。
「殿、村の者たちが怯えておりますな」
利三が言うと、光秀は首を振った。
「無理もない。
だが、我らは無用な乱暴はせぬ。
丹波を平らげるには、まず“秩序”を示すことが肝要だ」
光秀の軍律は厳しい。
略奪を禁じ、村人に手を出すことを許さない。
それが、光秀の戦のやり方だった。
やがて、谷の向こうに山城の影が見えた。
小さな砦のような城で、国境を守るためのものだ。
「まずは、あの城の様子を探る。
丹波の国衆がどれほどの備えをしているか……
見極めねばならぬ」
光秀は馬を進めながら、
丹波の山々を見渡した。
――この地を平らげるには、
力だけでは足りぬ。
――地形、国衆、民心。
すべてを読み解かねばならない。
光秀の瞳は、静かに燃えていた。
こうして、光秀軍は丹波へと足を踏み入れた。
八上の三兄弟がまだ穏やかな日々を送るその頃、
山の向こうでは確実に、
戦の気配が形を成し始めていた。




