第三十六話 丹波の静寂
八上城が落ち、
波多野秀治・波多野秀尚・波多野秀香の三兄弟が
丹波の地から姿を消してから、幾ばくかの時が流れた。
波多野家は滅びた。
かつて八上の山々に響いた鬨の声も、
城下を満たした人々の暮らしの音も、
今はもう聞こえない。
だが、丹波の山々は変わらなかった。
春になれば若葉が芽吹き、
夏には蝉が鳴き、
秋には紅葉が谷を染め、
冬には静かに雪が降り積もる。
その営みは、
波多野三兄弟の激動を見届けた後も、
何ひとつ変わらず続いていた。
八上を滅ぼした織田信長は、
やがて本能寺で倒れた。
その信長を討ったのは、
丹波で因縁を結んだ明智光秀であった。
だが光秀もまた、
山崎の戦で敗れ、
その生涯を閉じた。
波多野を滅ぼした者も、
波多野に因縁を持った者も、
皆、歴史の流れの中へ消えていった。
ただ――
丹波の山々だけが、
すべてを見届け、
すべてを抱きしめるように、
今日も静かに佇んでいる。
八上城の石垣は苔むし、
かつての城下には草が揺れる。
だが、風が吹くたびに、
どこか遠くで太鼓の音が聞こえるような気がする。
それは、
波多野三兄弟が生きた証か。
それとも、
丹波の地が記憶する“誇り”の響きか。
山々は答えない。
ただ、
威風堂々とそこに在り続ける。
丹波の静寂の中に、
波多野の名は、
今も確かに息づいていた。




