第三話 八上の頭脳
昼下がりの八上城下は、穏やかなざわめきに包まれていた。
鍛冶場の槌音、商人の呼び声、子どもたちの笑い声――
どれも、戦の影を知らぬ平和な日常そのものだった。
秀香は、城下の見回りを終えて馬を降りた。
その姿を見つけた地侍たちが、自然と集まってくる。
「秀香様、今日も巡察でございますか」
「北の村の水路、見事に整っておりましたぞ。
あれも秀香様のご指示あってのこと」
秀香は軽く手を振った。
「皆が動いてくれたおかげだよ。
私は少し口を出しただけだ」
だが、地侍たちは首を振る。
「いえいえ、秀香様。
城下では皆、こう申しております」
一人が声を潜め、周囲を見回してから言った。
「“八上の頭脳は秀香様”とな」
秀香は思わず目を瞬いた。
「……頭脳、だと?」
別の地侍が続ける。
「秀治様は太陽のようなお方。
秀尚様は月のように静かで優しい。
ですが――八上を実際に動かしているのは、秀香様だと」
「領地のこと、民のこと、城のこと……
秀香様が動けば、八上が動く。
皆、そう感じております」
秀香はしばし言葉を失った。
兄たちを立てるために影に徹してきたつもりだった。
だが、その影がいつの間にか“光”として見られ始めている。
「……買いかぶりだよ。
私は兄上たちの支えでしかない」
そう言う秀香の声は静かだったが、
地侍たちは揃って首を横に振った。
「支えであろうと、柱であろうと、
八上を守っているのは事実にございます」
「秀香様がいるから、我らは安心して働けるのです」
その言葉に、秀香は胸の奥が熱くなるのを感じた。
だが同時に、重い責任が静かにのしかかる。
――兄上たちの光を支えるために。
――八上の民を守るために。
――自分はもっと強くならねばならない。
ふと、遠くで子どもたちの笑い声が響いた。
秀香はそちらを見やり、表情を和らげる。
「……この笑顔を守るのが、我らの務めだ」
地侍たちは深くうなずいた。
「秀香様の光があれば、八上は安泰にございます」
秀香は馬の手綱を握り直し、城へ向かって歩き出した。
――太陽の兄。
――月の兄。
――そして、自分は星。
その噂が正しいかどうかは分からない。
だが、兄たちを支える光でありたいという思いだけは、
誰よりも強く胸に宿っていた。




