第二話 影に立ち、光を支える
秀香は、朝の巡察を終えて八上城へ戻ってきた。
まだ日が高くないというのに、城下の人々はすでに働き始めている。
鍛冶場の火、商人の声、子どもたちの笑い――
そのすべてが、八上の穏やかな日々を形づくっていた。
「秀香様、お戻りでございますか」
城門で控えていた家臣・小谷左馬助が頭を下げる。
秀香は軽くうなずいた。
「北の村の水路は順調だ。
大雨が来ても、今年は田が流されずに済むだろう」
左馬助は感心したように目を見開いた。
「さすがでございます。
秀治様も秀尚様も、秀香様の働きにいつも助けられております」
秀香は苦笑した。
「兄上たちのおかげだよ。
私が動けるのは、兄上たちが八上を守ってくださっているからだ」
そう言いながらも、左馬助はどこか納得していない様子だった。
秀香の有能さは、家中の誰もが知るところである。
廊下を進むと、評定の間から声が聞こえてきた。
秀治と秀尚が、家臣たちと話し合っているらしい。
「……では、南の村の件はどうするべきか」
秀治の穏やかな声。
続いて秀尚が控えめに意見を述べる。
「兄上、ここは急ぎ手を打つべきかと。
秀香が先日、村の者から詳しく聞き取っておりました」
秀香は驚いた。
自分の名を出すことを、兄たちはあまり好まない。
だが秀尚は、必要な時には必ず秀香の働きを伝えてくれる。
「秀香、入れ」
秀治が声をかけた。
秀香は静かに頭を下げ、評定の間へ入る。
「南の村の件、どう見ている?」
秀治の問いに、秀香は簡潔に答えた。
「水路の老朽化が原因です。
放置すれば田が荒れ、来年の収穫に響きます。
今のうちに石垣を組み直すべきかと」
家臣たちがざわめいた。
秀香の判断は早く、的確だった。
秀治はしばし考え、やがてうなずいた。
「……分かった。
秀香の案で進めよう」
その言葉に、家臣たちは一斉に頭を下げた。
秀香は静かに礼をし、席を下がる。
廊下に出ると、秀尚がそっと声をかけてきた。
「秀香。
兄上は、お前の働きを誰よりも認めている。
だが……兄としての面目もある。
あまり前に出すぎると、兄上が気に病む」
秀香は微笑んだ。
「分かっています。
私は兄上たちを支える影で十分です。
八上を照らす光は、兄上たちなのですから」
秀尚はその言葉に、ほっとしたように息をついた。
「……お前は、本当に頼もしい弟だ」
秀香は軽く頭を下げ、再び城下へ向かった。
兄たちの光を支えるために。
八上の民のために。
――影であることを、誇りに思いながら。




