第十四話 崩れゆく丹波
織田勢が諸城を個別に攻め始めてから、丹波の空気は一変した。
八上城に届く報せは、どれも重く、暗い。
「氷上の赤井家、降伏……!」
「黒井城に続き、柏原の城も……!」
「国衆の多くが、明智に従うと……!」
評定の間に響く家臣たちの声は、
まるで丹波全体が崩れていく音のようだった。
秀治は拳を握りしめる。
「……皆、織田家に屈したのか」
秀尚が苦い表情で答える。
「兄上。
明智は、攻め落とした城に乱暴を働かず、
降った者には領地を安堵しているようです。
だからこそ、国衆が次々と……」
秀治は目を伏せた。
「恐怖ではなく、利益で従わせているのか……
明智は、ただの武将ではないな」
その横で、秀香は静かに地図を見つめていた。
「明智は、“孤立させる”ことを狙っています」
秀治と秀尚が顔を上げる。
秀香は淡々と続けた。
「八上を攻める前に、周囲をすべて奪う。
味方を減らし、補給路を断ち、
最後に八上だけを残すつもりです」
秀尚が息を呑む。
「……まるで、獲物を追い詰めるようだ」
「はい。
光秀は、八上を“最後の獲物”と見ています」
家臣たちがざわめく。
「このままでは、八上は四方を敵に囲まれる……!」
「援軍も望めぬ……!」
秀治は深く息を吐き、弟たちを見た。
「秀香。
光秀は、なぜここまで周到に動くのだ?」
秀香は迷いなく答えた。
「前回、八上を落とせなかったからです。
明智は敗北を忘れません。
同じ失敗を二度と繰り返さぬため、
丹波全体を“盤面”として動かしているのです」
秀尚は地図を見つめながら呟く。
「……八上は、完全に狙われているのだな」
秀香は静かにうなずいた。
「はい。
そして、光秀の包囲網は確実に狭まっています」
その時、使者が駆け込んできた。
「報告!
青垣の城も、明智に降伏……!」
評定の間が凍りつく。
秀治は目を閉じ、静かに言った。
「……丹波は、織田家の手に落ちつつあるのか」
秀香は兄の横顔を見つめ、
胸の奥に小さな痛みを覚えた。
――八上は、孤立へ向かっている。
――だが、まだ折れてはならない。
丹波の山々に、重い緊張が満ちていく。
八上城は、確実に“最後の砦”へと追い詰められていた。




