表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
八上の三魂  作者: 双鶴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/23

第十二話 一時の静寂

明智軍が八上城を包囲して二十日。

山々に響いていた法螺貝の音は、

ある朝、ふいに止んだ。


「敵勢、動きあり! 陣を畳んでおります!」


見張り台の叫びに、城内がざわめく。


秀治は急ぎ城壁へ上がり、

山の向こうを見渡した。


「……退いているのか?」


秀尚が息を呑む。


「兄上、あれは……撤退の動きです!」


確かに、光秀軍は整然と列を組み、

山道を下り始めていた。

混乱もなく、規律を保ったままの撤退。


秀香は静かに言った。


「織田勢は、八上を落とせぬと判断したのでしょう。

 兵の損耗を避け、いったん退くつもりです」


家臣たちが歓声を上げる。


「勝ったぞ! 八上が織田勢を退けた!」


「八上は不落だ!」


だが、秀香の表情は浮かれなかった。


秀治が弟の横顔を見つめる。


「秀香……何か気になるのか?」


秀香は山道を見つめたまま答えた。


「明智光秀は、無理攻めをしない男です。

 落とせぬと見れば退く。

 だが――退いたからといって、諦めたわけではありません」


秀尚が眉を寄せる。


「では、また来ると?」


「はい。

 光秀は必ず戻ります。

 次は、もっと周到に、もっと確実に」


秀治は深く息を吐いた。


「……だが今は、勝利を喜んでもよいだろう。

 八上は守り抜いたのだ」


秀香はうなずいた。


「もちろんです。

 兄上の光が揺らがなかったからこそ、

 皆が踏ん張れたのです」


その時、山の向こうで最後の法螺貝が鳴った。

光秀軍が完全に丹波の外へ退いた合図だった。


城内に安堵の空気が広がる。

兵たちは肩の力を抜き、

城下の者たちは涙を流して喜んだ。


だが、秀香だけは静かに空を見上げていた。


――これは、終わりではない。

――嵐の前の静けさにすぎない。


八上に、一時の静寂が訪れた。

しかしその静けさの奥には、

次に来る大きな波の気配が、確かに潜んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ