第十話 揺れる光、揺れぬ影
織田軍が八上城を包囲して三日。
山々には絶えず法螺貝の音が響き、
夜になっても敵の松明が尾根を赤く染めていた。
城内には、張り詰めた空気が満ちている。
「兄上、南の曲輪で敵が動きを見せています!」
「北の山道にも別働隊が……!」
家臣たちが慌ただしく駆け回る中、
秀治は天守で地図を前にしていたが、
その表情には焦りが滲んでいた。
「明智は……どこを狙っているのだ……?」
秀尚も落ち着かない様子で、
城壁と地図を何度も見比べている。
「兄上、敵は数が多すぎます。
このままでは……」
二人の声には、普段の穏やかさがなかった。
その時、秀香が静かに評定の間へ入ってきた。
鎧の肩には土埃がつき、
目は鋭く、しかし落ち着いていた。
「兄上。
敵の狙いは“揺さぶり”です」
秀治と秀尚が顔を上げる。
秀香は地図の上に手を置き、淡々と説明した。
「明智は、八上の弱点を探っています。
南も北も、攻める気はありません。
ただ兵を動かし、我らを疲れさせるつもりです」
秀尚が息を呑む。
「……本気で攻めているわけではないのか」
「はい。
明智は、まず“我らの反応”を見ているのです」
秀治は眉を寄せた。
「では、どう動くべきだ?」
秀香は迷いなく答えた。
「動かないことです。
敵の挑発に乗らず、城を固める。
織田勢は必ず焦れます。
八上は山城、持久戦なら我らに分があります」
家臣たちがざわめく。
秀治はしばし黙し、
やがて深く息を吐いた。
「……秀香。
お前の言葉は、いつも道を示してくれるな」
秀尚も静かにうなずいた。
「兄上、秀香の言う通りです。
我らは八上の光。
揺れてはなりません」
秀治は二人を見つめ、
ようやく表情に落ち着きを取り戻した。
「よし。
八上は動かぬ。
明智がどう揺さぶろうと、我らは揺れぬ」
秀香は深く頭を下げた。
「兄上の光が揺らがぬ限り、
八上は決して折れません」
その夜、明智軍は再び松明を動かし、
八上城の周囲で大きく兵を動かした。
だが、八上城は沈黙を守った。
挑発にも、威圧にも、決して動じなかった。
――揺れる光。
――揺れぬ影。
秀香の冷静な指揮が、
八上の三つの光を再びひとつに結びつけていた。




