新たなミッション
一週間前、久しぶりの長期休暇をとって旅行の準備をしていた朝、いやな電話がかかってきた。
「ケンジ様あてにヤマト様よりレベルAの電話がかかってきております」
ホームAIのやさしい女性の声が、超指向性スピーカのおかげで耳元でささやくように聞こえた時、俺は苦労してトランクに詰めた着替えや旅行セットを全部床に撒き散らした。
ホームAIの声は、俺の好みの癒し系の女優の声を基に設定しているのだが、仕事の電話の案内じゃ癒しもへったくれもない。
「はいはい、画像モードででますよ・・」
俺は旅行をすっかり諦め、誰もいない空間に向かって呟いた。
「判りました。画像モードで受信します。お近くのモニターでどうぞ」
ホームAIの癒し系美声は、俺の諦めムード満天の呟きに反応し間近のモニターを起動させた。
緊急ミッションに決まっている。今回の休暇もこれでパーだ。
モニターの前に立つと、いつもの見慣れた顔が映った。
俺の上司ヤマト准将だ。
相変わらずジャガイモのようにごつごつした顔に青かびが生えたような薄い頭髪だが、目つきだけは鋭い。
「ケンジ中尉、休暇中申し訳ない。仕事が入った。今日13:00時に私のオフィスに来てくれるか」
「わかりました」
「うむ。では頼んだぞ」
基本的に断ることはない。
ミッション毎に誰にやらせるかは部隊の「マザーAI」が候補者を選び、准将が最終的に決める。
「マザーAI」とは、この特殊工作部隊のほぼ全てを管理しているメインコンピュータで、隊員全員の能力・性格は勿論、プライベートなスケジュールから身体的・精神的な健康状態まで全て把握している。
その「マザーAI」が、ミッションの内容と比較し、もっとも最適な者を数名選びだし、その中からヤマト准将が最終選考する。
体調が悪いとか精神的に参っているなど物理的な条件からメンタル面まで全ての要素を加味して選定されている訳だから、断る気持ちすら起きてこない。
俺は、仕方なく床に広げてしまった旅行の支度を再度拾い上げ、とりあえずベッドの上に積み上げた。
作戦の内容によっては、またすぐに使えるかもしれない・・などと儚い希望を持ってみたのだが、やはり甘かったようだ。
時間通りにヤマト准将のオフィスに着いた俺は、挨拶もそこそこに、いつものようにミッションデータカードを渡されながら概要を聞いた。
「今回の作戦は、我がユーリ連邦の同盟国ノスリル共和国との連携による人質救出だ」
大きな本皮製椅子にすっぽりはまった巨体を微動だにせずヤマト准将は続けた。
「約2年前、ノスリル共和国のクリス博士が拉致誘拐された。クリス博士とは、生命科学分野の権威で100年に一人の天才と言われる人物だ。世間的には、誘拐ではなく行方不明と発表されていたが、秘密裏に捜索が進められ、最近になってようやくある国の研究所に軟禁されていることが判明した。
本来、救出活動はノスリル共和国が独自で実施するものだが、中尉も知っているようにノスリル共和国は技術立国であり、軍事力は専守防衛軍しか持っておらず、他国に派遣できる実働部隊は正式には存在しない。だが、軍が動けばノスリルの憲法にも抵触する。そこでノスリルでは他国へも部隊を派遣できる同盟国の我々ユーリ連邦に協力依頼をするという形をとることにした。
我々とすれば、同盟国からの要請であること、なにより拉致誘拐とは人道上許せない行為であるという正義の立場から協力するのは当然ということで、ユーリ連邦軍が正式に協力依頼を受けることになり今回の作戦が発動した。
だが、実効的にはノスリルにも優秀な特殊工作部隊が非公式に存在しており、その部隊が作戦を実行することとなる。我がユーリ連邦軍としても国際間の国のこじつけに兵士の命を懸けるつもりは毛頭ない。だが、表面上あくまでユーリ連邦が活動した形にするため、必要最小限の人員を派遣することとなった」
「必要最小限ということは、つまり俺一人ということですか」
「そうだ、今回のミッションはあくまでノスリルが主体だ。我々は形さえ整えばいい」
「なるほど、つまり、その博士が軟禁されている国に行ってノスリルの救出作戦に同行してこいということですかね」
「そういうことだ」
「そりゃ、結構楽そうですね。観光気分でいけるのかな」
今回中止にされた旅行の代わりになるかな~などと不埒なことを考えていると、准将は何も答えず視線を壁の方に向けた。




