獣人と少女
獣人は瓦礫の山からゆっくりと降りてくる。
その時、さっき俺が飛び込んだ廃屋の中から叫び声が聞こえた。
「殺さないで!」
女の子の声だ。
一瞬、その声に気を取られた隙を獣人は見逃さなかった。
瓦礫の山を一蹴りすると俺に向かってきた。
だが、その動きは加速剤が最高に効いている俺の敵ではない。
獣人の動きには、さっきのダメージと瓦礫の上という足場の悪さが影響しているのだろう。俺の目には止まっているように見える。
このスピードならば、手加減できる。俺は、ナイフの持ち方を変え、柄の部分を拳とともに思いっきり獣人のみぞおちに叩き込んだ。
ギャグマンガならば、背中から手の形が飛び出すような表現になるくらい深々と決まった。
うつ伏せのまま、獣人は俺の足元に倒れこんだ。
ナイフを持ち替え、刃が当たらないように拳を繰り出したので命に別状は無いはずだが、かなりの手応えがあったので、しばらくは目が覚めないだろう。
俺は、加速剤の効用がピークを過ぎ、徐々に萎んでいく気分を自覚しながら、女の子の声が聞こえた廃墟に進んだ。扉のない廃墟の入り口には、あのクリス博士そっくりの少女がこちらを見て立っている。
まだ、加速剤の影響で鋭敏になっている俺の視覚は、少し離れた場所に倒れているイスラン兵の動きを捉えた。その兵士は、やられたフリをして倒れていたのか、倒れたまま拳銃を持ち上げ、少女の方を狙っている。
俺は、加速剤の副作用でどんどん鈍くなる感覚を奮い立たせ、もつれる足に活を入れ少女に飛びついた。
同時に、銃声が響いた。
俺は、少女を廃墟の入り口から部屋の奥へタックルで避難させることに成功したが、左足に焼けるような痛みを感じた。
部屋の中の砂の上に二人で転がり、そのまま少女の身体を守りつつ伏せの姿勢をとった。次の攻撃に備えるためだ。が、続きの銃声は聞こえてこなかった。
代わりに人間が呻く様な声が聞こえ、その後入り口に人影が映った。
「ジェイ!」
それまで、俺の身体の下で小さく震えていた少女は、その人影を見るなり小さく叫んで俺の下から這い出し人影に近寄っていった。
逆光の中、よく見ると、その人影は上半身裸のMr.Jだった。
「クリス博士!」
Mr.Jが少女に向かって言った。
(クリス博士?)
ただでさえ加速剤の副作用でボーっとした思考能力がますます混乱するうえに、左足の痛みが激しさを増し、ひざ下の感覚が無くなってきていた。
足を見ると、ひざのあたりが血で黒く濡れており、その下が有り得ない方向に曲がっている。正気ならかなりの痛みのはずだが、薬の副作用で、感覚が鈍くなっているせいか痛みも半減している。
俺の脚の具合に気がついた少女は、戻ってきて傷ついたひざを触り始めた。
「ひざの裏から撃たれた様ね。弾はひざの皿を破壊して貫通しているわ。関節もいっちゃっているし、もうこのひざは使い物にならないわね」
少女は、その見かけに似合わない冷徹かつ正確な診断を告げた。
「それに、あなた、さっき打った薬、加速剤SP2273でしょ。あと30分は廃人同様よ」
「うう・・」
何なんだ、この少女は。
「たしかに、ジェイと戦うには加速剤くらい使わないと通用しないけどね」
俺は、朦朧とした意識で必死に考えたが、思考能力が完全に低下していて結論が出てこない。
「・・・いったい君は・・」
「とりあえず止血しないと、、、ジェイ!メディカルセットかなにか持ってる?」
「い、、いや。トラックには入っていたがさっきの攻撃でトラックごと燃えてしまっている」
「・・なら、イスランの装甲車にはないかしら」
「判った。探してこよう」
そう言うとMr.Jは、集落の入り口に止めてあったイスラン軍の装甲車に向かった。
「何もしないよりは、ましね」
少女はそう言いながら、近くに落ちていたロープの切れ端で、傷口の上をきつく縛った。
血の流出が少しは納まったようだ。




