クリス博士の娘
その時、俺たちの背後から怒声が聞こえた。
「止まれ!貴様達は、どこの部隊か?!」
声の方を振り返ると、人ごみの間からイスラン軍の兵士が3人、銃を構えてこちらを凝視している。
どうやら本物のイスラン兵らしい。
真ん中の兵士が、銃を構えたまま、近づいてきた。
「我々は、イスラン陸軍第5師団12中隊のものである。博士の移送を命令され到着した。他の隊にも同じ命令が出ているとは聞いていない。貴様らはどこの所属か、名乗れ!」
Mr.Jは、赤毛の女の子の手をつないだまま振り返り兵士に向かって言った。
「我々は、陸軍情報部の者だ。移送が確実に行われるようバックアップに来た」
あらかじめこういう状況を想定していたのか、とっさに答えたにしては良い内容だと思うが、残念ながら表情が伴っていない。
体がでかい割りに小心者なのか、演技が下手なのか、Mr.Jの表情は頬あたりが引きつって、いかにも嘘をついています、という顔つきなのだ。
当然、イスランの兵士達は信じない。銃を構え直して問い詰める。
「そんな話は聞いていない。博士を移送するのは我々だけのはずだ。誰だ貴様ら!」
できれば、穏便に博士を救出したいと思っていたが、どうやらそうも行かないらしい。頼りの右腕は既に戦闘モードになっている。いつ事を起こすかタイミングを測っていると・・
突然、身体に衝撃が走った。
何が起きたのか全く理解できないまま、胸に致命的な痛みが走ると同時に、白衣姿のクリス博士がものすごい勢いで身体ごとぶつかってきた。
俺とクリス博士は、巨大な神の鉄槌を食らったかのようにまとめて吹き飛ばされ、数メートル離れた反対側の壁に激突した。
俺が、飛ばされながら、コマ送りのように見た映像は、Mr.Jの傍らに立っていた博士そっくりの子供が、銃をこちらに構えたままにしている姿だった。
その銃口からは発射したばかりの証である煙が上がっている。
俺は、吹き飛ばされながら、この娘が俺とクリス博士を撃ったのだということだけは確信した。
銃声が響いた廊下には、一瞬にして緊張が走り、物品の運搬に勤しんでいた人々も自身の安全を確保するためしゃがみこんだりして、固まっている。
その隙をついて、Mr.Jは銃を持ったままの女の子を抱きかかえ、人間とは思えないような跳躍力で人々の上をジャンプし、猛スピードで出口に向かって走り出した。
銃を構えたイスラン兵は、多分何が起きたのか頭の整理がつかないのだろう。呆然と立ち尽くしている。
その時、俺の耳のイヤホンからMr.JとMr.Bの会話が聞こえてきた。
「ターゲット確保、数分後に車に戻る。発車準備をしてくれ」
「Mr.Kはどうした?」
「Kは死んだ」
「・・了解」
しばらく経って、一人の兵士がMr.Jを追おうとしたが、真ん中のリーダーらしき兵士が制止した。
「待て、我々の第一ミッションは博士の移送だ・・だったが・・」
もう一人の兵士が胸に大穴が開いて倒れているクリス博士に近寄り、首の辺りに手をやり脈を測ったが、左右に首を振った。
リーダーが続けた。
「クリス博士はもう死んでしまった。第一ミッションは終了した」
「ですが、あの子供と連れ去った謎の兵士、それにこの兵士は・・」
見かけは血だらけの俺も、死んでいると判断したのだろう。
「通常であれば、徹底的に追求するところだが、命令は第一ミッションが終了したら、直ちに第二のミッションに移行することとなっている。空爆まで時間がない。第二ミッションである物品の搬出支援に回る。いいか」
「はっ」
「・・この遺体はどうしますか」
部下の質問に一瞬躊躇したようだったが、リーダーは冷たい命令を下した。
「・・このビルは数時間後には瓦礫の山になっている。これからは時間との勝負である。死体を運ぶよりも、一つでも多くの物品を搬出するのが我々の目的である。放置しろ」
「・・了解しました」
博士の脈をとっていた兵士は、俺には触れず胸で十字を切ると、立ち上がって他のイスラン兵とともに走っていった。
このリーダーの判断は、俺にとってはとてもラッキーだった。調べられたら、あっという間に俺が生きていることがばれてしまうところだった。




