弐話 異常存在対応機関
俺はバスで謎の少女との待ち合わせ場所へ向かっていた。
岡崎城近くのバス停で寒さに震えながら降りると、通路の奥にあの謎の少女が立っていた。
「言われた通り来たわね」
彼女は今日は黒いコートを着ており、豊かな胸を誇るように腕を組んで立っていた。
「私について来て」
彼女は冷たくそう言って俺に背を向けて歩き始めた。とりあえず俺は彼女についていく。
昨日や一昨日の出来事が原因で俺は全く眠れなかった。
眠い目を擦りながら彼女について行くと、俺と彼女の目の前に古い雑居ビルが姿を現した。扉の横には『西三河史料編纂所』と書かれている。
マジで行くのか、俺。こんなボロボロで今にも倒れそうな場所に?
立ち止まった俺に少女が言う。
「いつまでそこで立ち止まってるの?時間がもったいないから早く入るわよ」
いやいや完全に廃墟じゃん。絶対危ないって。
俺が言う前に、彼女が雑居ビルの扉を開けて中に入ってしまったため、俺も渋々、後に続くことにした。
中もやはりボロボロで、全く人がいるようには思えなかった。
俺たちは階段を上り、ニ階まで上がった。少女は階段を上がってしばらく廊下を進んだ先にある部屋の前に立ち止まり、扉を開けた。
扉を開けた先の部屋はリビングのようになっており、テレビやソファー、テーブルまで置いてあった。
俺と彼女が部屋に入るとソファーの方から気の抜けた声が聞こえた。
「.....んあー、葵ぃ?帰ったの.....?今日の朝ごはん、ポテチのコンソメ味にしてよ.......」
ソファーの方へ向かうとそこにはヨレヨレの青いパジャマを着て、寝癖がついてる頭を掻きむしるいかにもダメそうな男がソファーで溶けていた。なんだこいつ。こいつも彼女の仲間なのか?てか葵って...。俺が口を開けようとした瞬間、奥から髪を束ねて肩に掛けてる背の高い女性が歩いて来て、パジャマ男に優しい声で言った。
「支部長、お客様ですよ。せめてそのパジャマはどうにかしてください」
「え〜....。わかったよ.....。真面目だなぁ咲は.....」
何だこの状況。
「咲さぁん!!」
突然、子供のような無邪気な声が部屋に響く。
俺が声のした方向を見ると、なんと少女が咲さんと呼ばれる女性に駆け寄っておもいきり抱きついているのだ。
俺は目を疑った。さっきまでの冷徹な彼女の姿はどこへ行ったのか。目の前にあるのは豊かな胸を預け、子供のように甘える少女の姿だった。もっとおかしい状態になったぞ。
ポカンとしてる俺にボサボサ男が眠そうな目を擦りながら言ってくる。
「......はは、いい反応。君が葵の言ってた子だね。僕は玖珠森織部。こんなだけど異常存在対応機関の西三河支部長をしているよ〜。よろしくね〜。あ、因みに昨日君を助けたツンデレガールが諏訪部葵。で、葵ちゃんにめちゃくちゃ懐かれてるお母さんみたいな人が三村咲だ」
「は、はじめまして。桐沢雄也です。よろしくお願いします。」
「よろしくね、雄也くん」
咲さんが葵の頭を撫でながらぺこりと頭を下げる。
ソファーから起き上がった玖珠森さんが俺に言う。
「そんじゃ雄也。君には今から退魔師になるための儀式を受けてもらおうかなぁ〜」
儀式?なんだそれ。てか俺は退魔師になりたいなんてひと言も.....。
「えっと....聞きたいことがたくさんあるんですけど......」
「何だい?」
「そもそも異常存在機関とか退魔師ってなんですか?昨日俺を襲った化け物の正体も.....」
玖珠森さんがあくびをしながら答える。
「異常存在対応機関ってのは政府に直々に認められた退魔師の集団だ。京都の本部を中心に全国各地に支部があるんだ」
なるほど。てことはここも機関の支部の一つってことか。
「僕たちの仕事は一般人にはあまり知られてはいけないからね。表向きは地域の歴史編纂所とかを名乗っているんだ」
たしかにここも『西三河史料編纂所』って入り口に書いてあったし。
「僕たちの仕事は昨日や一昨日に君が見たような化け物『忌み物』を祓うことだ」
「忌み物...?」
「そ。忌み物ってのは死んだ人の霊だったりその念だったり、もしくは生きてる人間の負の感情から生まれる化け物だ。普通は見えないんだけど、何かがきっかけで急に見えたりするようになるんだ」
「.....大体わかりました。俺、儀式受けます」
「はいは〜い。それじゃあ部屋を移動しようか。ここじゃ危ないからね〜。葵、咲。着いてきて〜」 玖珠森さんが煎餅を一枚持ち出し、扉へ向かいながら葵と咲に気の抜けた声で呼びかける。
「えーまだ咲さんに甘えたいー」
「葵ちゃん。儀式が終わったらまた甘やかしてあげるから。早く行くよ」
なんだこの会話。親子?
葵は咲さんの手を握りながら玖珠森さんについて行く。
そしてこの三人に導かれるように俺も部屋を出た。
俺はビルの一階の奥の部屋に案内された。
「着いたよー」
玖珠森さんが煎餅を齧りながら扉を開けた。三人に続き、俺も中に入る。部屋の壁や天井には難解な文字が書かれたお札が貼られてあり部屋の奥には、しめ縄で囲われた祭壇が置かれていた。
「うわっ....」
その異質で不気味な雰囲気に俺は圧倒される。
「じゃあ雄也は左、葵は右に立って向かい合って」
玖珠森さんが煎餅のカスを散らしながら儀式の準備を促す。
俺は不気味さに耐えながら玖珠森さんの言う通りに従い、祭壇の左に立つ。
葵も名残惜しそうに咲のそばから離れ、俺と向かい合う形になる。
「儀式を始めるわ。今から私の力の一部をあなたに分けるわよ。さあ雄也、私の手を握りなさい」
さっきまでの子供っぽい表情は消え、葵は昨日と同じような凛とした表情になる。
俺は差し出された葵の手を握った瞬間驚いた。
「.....あっつ!!!!」
なんと葵の手が炎のように熱かったのだ。そんな俺を他所に、葵は冷たい声で詠唱をする。
「導け、八咫烏」
彼女が唱えた瞬間、ドクン、と心臓が跳ねた。
熱い熱い熱い熱い熱い痛い痛い痛い痛い痛い。
血管を沸騰した鉄が駆け巡るような激痛。
「ア゙ア゙ア゙アア゙ア゙アァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
俺は絶叫し、視界が真っ白に染まる。脳内に三本足の鳥の羽ばたきが響き渡り、そこから俺の記憶は途絶えた。
俺が目を開けたら不気味な札だらけの天井が目に入った。
体中から汗が溢れ、まだドキドキと心臓が跳ねている。
あれ?気絶してた?まずその前に俺生きてる?今度こそマジで死んだんじゃ....。
そんなことを思っていると横からあの冷たい声が聞こえてきた。横を見ると葵が俺を見下ろしてた。その隣で咲さんが安心したような顔で俺を見る。
葵がやはりあの冷たい声で俺に言う。
「やっと起きたわね。あなた、気絶してから三時間くらい目を覚まさなかったんだから」
そんなに長い時間俺は倒れてたのか.....。迷惑かけてしまったな.....。
俺は慌てて二人に謝る。
「す、すみません.....。俺が起きるのをずっと待っててくれて.....」
「私たちは大丈夫。気にしないで。それよりも雄也くんが無事で良かった」
咲さんが優しく微笑んで俺の頭を撫でる。横から葵が嫉妬の目を俺に向けてくる。高校生にもなって頭を撫でられるとは。少し恥ずかしいけど嫌だとは思わない。恐るべき包容力だ。
そういえば俺って儀式の途中で倒れたんだよな? 俺は二人に聞いた。
「........儀式はどうなったんですか?」
嫉妬したせいか葵が不機嫌そうに答える。
「成功したわよ。今あなたの体には私の浄力の一部が流れてる。でもそれだけじゃ忌み物とは戦えない。だからあなたは、これを使って」
そう言って葵は一振りの日本刀を渡してきた。
「この刀には初めから忌力が込められているの。だからあなたはこれを使いこなせるようにしなさい」
葵の凛とした、しかし力強さもこもった声が部屋に響いた。
「んん〜〜?儀式は終わったの〜〜?」
リビングのような部屋に戻ると玖珠森さんがソファーの上でダラダラとポテトチップスを食べながら漫画を読んでいた。
こいつ俺が気絶してる間に戻りやがったな。最悪だな。
「儀式中に抜け出して漫画読むとかあんた最低ね」
葵が咲さんの腕にしがみつきながら言う。いいぞ。もっと言ってやれ。
「えぇ〜〜〜。だって飽きたんだもん」
そんなことを言った後、玖珠森さんは俺の方を見て言う。
「その様子.....。儀式は成功したみたいだね。体はどう?異常はない?」
「異常はなさそうです。どこも痛くありません」
「そう?なら良かった」
なんだ。この人も結構良い人じゃないか。
「じゃあ最後に一つ聞いておこう。君は儀式をして退魔師になった。君はこれから多くの忌み物と戦っていくことになる。ここで聞こう。君は何の為にに忌み物と戦うんだい?ただの正義なら悪いこと言わないから帰りなよ」
さっきまでの雰囲気とは一変。緊迫した空気感が部屋に広がる。
俺は拳を強く握った。あの時の絶望感と恐怖が俺の脳に蘇る。
「俺、家族が忌み物に殺されたんです」
玖珠森さん以外の二人の体がぴくりと動く。
「二ヶ月前....。俺が学校から家に着いた瞬間、目に入ったのは硫黄臭のする泥のようなものと血に塗れた家族の体と一人の男だった。そいつは俺が昨日見たような化け物を連れていた。俺は絶対あいつを許さない。だから俺は復讐のために退魔師になります」
それを聞いた玖珠森さんはゆっくりと答える。
「ふーん......まあ、いい動機だ。復讐は最高のガソリンになるからね。じゃあ僕は用事があるからここで失礼するよ」
そう言って玖珠森は部屋を出て行った。
俺が呆然としているとドンと背中を叩かれた。後ろを振り向くと葵が腕を組みながら言った。
「いつまでここでボーッとしてるの?私は今から咲さんに甘えるからあんたはどっか行ってて!」
こいつどんだけ咲さんが好きなんだ。
彼女に少し呆れつつ、俺は体内に宿った八咫烏の熱。そして復讐への確かな一歩を感じていた。




