第十一話:少し離れて、見えたもの
昼下がりの喫茶店は、思ったより静かだった。
平日の中途半端な時間、仕事の合間の客がそれぞれの世界に沈んでいる。
瑛太は窓際の席で、手帳を少し開き、昨日の星羅とのやり取りをメモに書いてみる。
「……意外と、なんとかなるもんやな…」
小さく独り言をつぶやき、コーヒーを一口すする。
その時、軽やかにドアの鈴が鳴る。
瑛太は反射的に顔を上げ、ほんの一瞬だけ目を見開いた。
星羅だった。
キャップを深くかぶり、ラフな服装。舞台のときとは違う、オフの姿。
星羅も瑛太に気づき、一瞬止まって少し困ったように笑う。
短い沈黙。
「……席、空いてます?」
「いっぱい空いてるやろ」
「じゃあ……相席、いいですか?」
「かまへんよ」
星羅が向かいに座った瞬間、瑛太は無意識に背筋を少し伸ばした。
理由は分からない。
「昨日ぶりですね」
「そうやな」
「……変な感じ」
「それ、俺も思うわ」
星羅は小さく笑い、メニューに目を落とす。
「結果出たあとって、こんなもんですか?」
「人によるね」
「三谷さんは?」
瑛太は肩をすくめ、少し投げやりに答える。
「俺はな、あとから来るタイプやな。
その場では実感せえへんかな…」
「そうなんですね」
そのとき、隣の席から声が聞こえた。
「ねえ、さっきの人たちじゃない?」
「え?」
「ほら、即興のやつ。コンビで出てた」
一瞬で空気が変わる。
瑛太は視線を落とし、星羅もスプーンを止めた。
「……コンビ、か…」
星羅がぽつりと言う。
「ちゃうで」
即答だった。
「まだ、そんなんちゃう」
「ですよね…」
二人は頷く。たまたま一緒になっただけ。
しばらくして、瑛太が小さく付け足す。
「……でもな…」
「舞台で、相手が誰か分かってるのは……ちょっと楽やったわ」
一拍。
星羅は目を伏せ、静かに言った。
「私もです…」
それ以上は言わない。
外部から“コンビ扱い”されたことで、胸の奥にほんの少しの意識が芽生えただけ。
二人はコーヒーを飲み、喫茶店の外を人が通り過ぎていく。
まだ名前も、約束もない。
ただ——
「一緒にやった」記憶だけが、確かに残っていた。
瑛太はカップを置き、立ち上がる。
「そろそろ行くわ」
「はい」
「……またな」
「はい、また…」
星羅は少し微笑んだ。
瑛太は一瞬だけ立ち止まり、
何か言いかけて、結局そのままドアへ向かった。
(楽やった、って言葉…言うほどのことでもなかったかもしれんな…)
瑛太は頭をポリポリと掻く
ドアの鈴が鳴り、空気が入れ替わった。
残された星羅は、カップの中を見つめ、そっと息を吐いた。
「……コンビ、か…」
否定したはずの言葉が、カップの湯気と共に空気に消えていき、星羅の胸の奥で小さく何かが揺れていた。




