POSTMAN
「ごめん、待った?」
僕はその日の放課後、クラスのちょっとした有名人である、向原夏美に呼び出された。彼女は僕のメアドを知らないから、約束は学校で直接した。場所は学校の最寄り駅から、道路を一本挟んだ向かいにあるファーストフード店。
「いや、僕の方も今来たところ」
自分でも驚くほど、何の動揺もなしに僕は嘘をついた。
実際には下校する同級生に窓を通して目撃されないように、奥側の席に座ってから三十分以上になる。
「ごめんね、学級委員の千川君しか相談できる人居なくて」
彼女はまた謝った。
まだカバンを持ったまま席に座ろうとしない彼女を見上げながら、僕は答える。
「僕のことは気にしなくて良いんだけどさ、どうして彼氏に相談しないの?」
「それは……少し事情があって」
そう目を泳がせながら言うと、やっと彼女は小さなテーブルを挟み、僕と向かい合って座った。
「最初におかしいと感じたのは、ちょうど一月前。勇人とデートで待ち合わせした時なの」
先ほど僕は向原のことをクラスの有名人と表現したが、これは正確ではない。正しくは、向原とその彼氏の小竹勇人が有名人なのである。
彼らの交際が発覚したのは半年ほど前のこと。それまで複数の男子に告白されながらも断り続けていた向原が、学年一の堅物で剣道部のエースである小竹と付き合っている、というニュースはあっと言う間に広まった。
「おかしい、って?」
「待ち合わせ時間がね……」
二人の間でまったくズレていたのだと言う。
その日、二人は映画を見る予定だった。前日に学校で話して映画館の最寄駅に午後一時の約束にし、夜にはメールで待ち合わせの内容を確認し合った。
が、翌日向原が一時に駅に着くと、不機嫌そうな顔をした小竹が待っていた。
「遅い」
不思議なことに、小竹が言うにはメールで約束の確認をした際、向原の方から「時間を十二時半に変更したい」という提案があったそうなのだ。無論彼女には覚えが無い。
小竹は十二時半を過ぎた時点で向原にメールを送ったが、彼女は非常に律儀な性格であり、移動中の電車内では携帯の電源を切っていた為、気づかなかった。結局二人はどこかギクシャクしたままデートを終える。
次のデートの時も同様に約束は学校でしたそうだ。今度は何も起こらないように、向原は絶対にこの待ち合わせ時間からは変更しないと小竹と約束する。
ところがその日の夜、今度は小竹の方からメールで時間変更を提案してきたのだ。彼女は一瞬迷ったが、言われたとおりに元々の時間よりも三十分早く、翌日待ち合わせ場所に向かった。電車に揺られながら何か嫌な予感がしたそうだ。
その予感は的中。今度は小竹のほうが遅れてやってきて、自分は時間変更など頼んでいないと言い張った。前回のデートとまったく逆の現象が起きたわけだ。
「なんかそれ以来学校でもあまり話さなくなって、メールの頻度も減ったし、私と別れたいが為に勇人が嘘をついていたんじゃないかと思うの」
なるほど、確かに話を聞く限りでは彼女の言うとおりに聞こえる。
小竹が向原にとって覚えの無い約束変更を一方的に行い、二人の関係を不安定にする。生活にも将来にも影響を持たない高校生同士の恋愛関係など、崩壊するにはそれで十分なのかもしれない。お互いを繋ぎ止める物が、「好き」という酷く曖昧な感情だけなのだから。
しかし、この話は少し飛躍した発想を持つことで百八十度意味が変わってくることを僕は知っていた。コーラで喉を潤しながら、向原に言うべきか言わないべきか、僕は考える。
「向原、少し冷静に考えてみようか」
僕はゆっくりと切り出した。
「確認したいんだけど、約束の変更は二回ともメールだったんだよね?」
「うん」
「だとしたら――小竹は多分嘘はついてない」
口では自信無いように言ったが、僕は心の中では確信していた。それを確かめる簡単な方法もある。
「小竹に今すぐメールしてみてくれ。そして小竹が登録している向原のメアドを送ってもらうんだ」
首を捻りながらも指示通りメールを送る向原。返信はすぐに来た。
「え?」
送られてきた自分自身のアドレスを見た瞬間、彼女は唖然とした表情に。
「これ私のメアドと違う!」
「間違いないみたいだな。今度は君の携帯に登録してある小竹のメアドと、そのメアドを比べてみて」
結果――二つのメアドは一致した。
タネを明かせば簡単な話である。
まず何者かが学校で体育の時間など、携帯が二人の手元を離れる瞬間を狙って、二人の携帯のアドレス帳のお互いの登録をまったく違うメアド(仮にAとしよう)に変更しておく。
メールを送る際に一々手動でアドレスを打つ人間など居ない。勝手に変更されたアドレス帳の登録メアドに気づくのは難しいだろう。
ここからが重要な点。その新しく変えたアドレスAを、その何者かは自分のメアドに設定したのだ。
これだけでカップルの間で行われるメールは、全てこの何者かに送られる。
何者かは自分の元に送られてくるメールを、自分が確認した後それぞれ本来の宛先に転送する。まるで手紙を街から街へ配達する郵便屋のように。アドレス帳の登録ではこの何者かはそれぞれの「恋人」になっているから、滅多な事では気づかれない。
始めは二人のメールを盗み見ることが目的だったのだろう。しかしそれだけでは飽き足らず、本来存在しない待ち合わせ時間変更のメールを作って、片方だけに送っていたのだ。
「そんな……」
驚きを隠せない向原。無理も無い事だと思う。
「犯人を捜したいなら、しばらくはこの状況を維持するべきかな。おそらく犯人は僕らの学年の誰か。メアドを虱潰しに調べれば分かるかもね」
「……酷い奴」
「気をつけてね。まともに見える連中だけど、人間って怖い物だから」
向原は怒りで肩を震わせながら店を出て行った。僕は一人残される。
数分後、僕の携帯にメールが届く。送り主は向原。
『こそこそやってないで出てきなさいよ! このストーカー!』
彼女は僕の指示を守らず、例のメアドAにメールを送ったのだ。
自分でも無意識の内に、僕は頬を吊り上げて笑っていた。
「本当、人間って怖いよね」
携帯にはしっかりロックをかける事をお勧めします。
拙い文章読んで頂き、ありがとうございました。他の参加者様の五分作品もどうぞよろしく。