エルの日常③
おらの名前はエル。
それ以上でもそれ以下でもない、ただのエルだべ。
おらは今、配属されたバレリオン隊で隊長に命令されるがまま任務についていた。
配属初日でいきなり部下を働かせるなんて、とんでもないパワハラ上司だべ。
「さぁ新人、魅せてみろ」
「いきなり、無理な注文だべ」
「なんだ、魅せられないのか?」
隊長が言う。
「みせろ」という言葉が、なんだかねっちょりとしていて気持ち悪い。セクハラで訴えてしまってもいいレベルだべ、
「取り敢えずおらは、2枚カードを伏せさせて貰うべ」
「保守的な戦法だな」
「おらは保守派なんだべ」
「保守は現実だけでいい。ゲームの中でくらい派手に魅せるべきだぞ。私はゴーレ厶を攻撃表示で召喚する。そして当然攻撃もする」
「伏せカードオープン。そのゴーレムにおらは、裏切りの石を装備させるべ。これによってゴーレムの攻撃は、隊長あんたに向かうべ」
「では、私も伏せカードオープン。鉄壁の城塞を発動。カード効果によってダメージカウントはゼロになる」
「ならおらは手札から、天使ミカエラを召喚。ミカエラの特殊効果天使の抱擁を使い、城塞の効果を無効にするべ」
「ほう。そんな特殊能力を持っていたのか」
「今、作ったべ」
「では、私も今作ろう。手札から森の妖精と融合の槍を使い、ゴーレムを融合。これによりゴーレムは野性と攻撃力を失い、私のフィールドに守備表示で鎮座する事となる」
「やるべな隊長」
「お前もな新入り」
おらと隊長は「ふふふ」と笑い合った。
「隊長とここまでやり合えるなんて、凄いな…」
「あぁ、スゲーきめー。全部白紙なのに、なんでこんなに白熱できるんだよ」
「アイツは隊長と同じ、覚醒者なのかもしれないな。俺もうかうかしてられないぜ」
「お前も、スゲーきめーわ」
平和とは退屈なものだ。
そして退屈は人を怠惰にさせる。
酒、女、ギャンブル。退屈で怠惰なくせに金だけは貰っているのだから、そういったものにハマる兵士は多い。
しかし、エルが配属されたバレリオン隊は、酒や女やギャンブルとは無縁の隊だった。
勿論、薬もやっていない。
頭の中で想像したものを魅せ合い、游び尽くす。
これがバレリオン隊のあり方であり、バレリオンが掲げた育成方針だった。
「また、バレリオンの所が何かやってるぞ」
「関わるな。変な薬飲まさせるぞ」
勿論、薬はやっていない。
しかし、バレリオン隊は怠惰なロスト王宮兵の中であっても、もっとも異端で気色の悪い隊として知られていた。
「エルよどこの隊に配属される事となった?」
「なんか、変な隊だべ」
「変?」
「みんな頭がお花畑だべ。薬でもやってそうだべ」
「あぁ、バレリオンの所か。安心しろ薬はやってない」
「知ってるべ。ただ、おらには結構合っていそうだべ」
エルはにこりと笑う。
それはとても可愛らしい笑顔だったが、生憎と呪いの鎧を装備しているので、誰も見る事はなかった。