春のことぶれ
ドゥニア・ゲランガンも幕を閉じ、またいつもの日常に戻った。ススムの肉体も回復基調にあり、修行を再開していた。
「おっ、ススムやってんな!」
ミドルが元気に声を掛ける。
「おう! いつまでも寝てらんないからな」
ススムはシャドーを繰り返している。
「ん? なんか見たことあるな。その動き」
ススムは対戦相手を想定してシミュレーションしていたのでは無かった。
「ああ。アクションスターの越苦春到の真似さ。あんなシャープでダイナミックな動きを俺も体得したいんだよ」
「ススム、春到の真似してるだけじゃ、いつまでたっても春到を追い抜けねーぞ」
ミドルは型の練習が嫌いである。
「ミドル、お前には感謝してるけどさ。あの大会でコテンパンにやられてオレも思うところがあってな」
兄弟弟子との実力差はさほど無いと思っていたススムだが、自分を完膚なきまでに打ちのめしたニーマイヤーを、ああも簡単に始末したこの少年に対して、悔しさと寂しさを覚えていた。
「なにシケたツラしてんのよ。ちょっと一服しましょ」
ウィルは肉体鍛錬も行っているが、わずか12歳にして物理学会にも籍を置いている。
「わお、良い香り!」
ウィルは紅茶のロンネフェルトを淹れてくれた。
「それから、これ二人にあげる」
真っ赤なハート型のBOXに、ゴールドのリボンが飾られていた。
「そうか、きょうはバレンタインか!」
さっきまで不穏な空気が漂っていたが、ウィルのおかげでハッピーでラッキーなムードがあたりを包んでいた。
「「ありがとう! ウィル!」」
ひと粒食べると、もう一粒食べたい欲求が瞬時に生まれ、その繰り返しであっという間に無くなった
「ちょっとちょっと! もう少し味わって食べてよね!」
研究熱心なウィルの手に掛かれば、チョコ作りもざっとこんなものだ。
「ウィルは料理も美味いもんな!」
胃袋もハートも掴まれてしまっている。
「大会が終わって二人とも疲労がたまってるだろうから、もっと食べないとね。肉も魚もお米もね」
食い意地の張ったこの三人に、恋愛感情が生まれるとは筆者も想像が付かない。
「そうそう! 肉はヘルシーだからな!」
大食い漢の詭弁のように聞こえるが、彼らのような戦士には、真理であろう。
“力は、血から”である。




