パスワードは、そこに。
手配中の連続窃盗犯が潜んでいると思われたヤサに踏み込んだ俺は、すでにそこがもぬけの殻であることを知る。
「……ひと足遅かったか」
まともな家具すら無いアパートのワンルームは、生活感も希薄だ。
何か手掛かりは残っていないか。
俺は無言で部屋に足を踏み入れる。
「ちょっと先輩、令状もなしに勝手にあがりこんでいいんすか」
背後から声がかかった。
バディを組んでいる新人の女刑事が入口からこちらを見ている。
どこぞのカフェで買い求めた飲み物をストローで吸いながら喋っているので緊張感がない。
「いいんだよ。捜索差し押さえ的な、アレだ。お前も早く来い」
「アレってなんすか」
慌てて部屋を出たのだろうか。
床の上に電源が入ったままのノートPCが置いてあった。
ログイン画面でロックされている。
パスワード入力画面を前に唸る俺に、新人が言う。
「置いて逃げたってことはきっと使ってないんすよ、このPC。探っても無駄じゃないすか?」
「まあ、スマホでこと足りるからな。だが、だからこそここに残されたPCには何かある。俺の勘がそう言っているんだ」
「先輩のお母さんがそんなことを……」
「俺のオカンって聞こえたか? 勘だよ、刑事の勘」
「なるほど、先輩は勘を頼りに捜査してるんすね」
「やめろコラ。俺が何も考えてないみたいだろうが」
うぇっへへ、と笑いながら新人は言葉を継いだ。
「さておき、普段使わないようなPCならどこかそこらへんにパスワードを貼っておけばいいってあたしのオカンが……」
「母親の話はもういいんだよ、うるせえな」
新人はやおらPCを持ち上げて裏返してみせた。
英数字が書き込まれた付箋が貼り付けられている。
「ね、ほら!」
「そこらへん――底、ってことかよ」
試しにその英数字を入力すると、一発でロック画面が解除された。
「褒めてくれていいっすよ? 先輩」
「ああ、たまにはやるじゃねえか」
思わず新人の肩を強く叩くと、
「あっ」
彼女は持っていたカップを取り落とし、中身をキーボード部分にぶちまけていた。
「っておおいッ? 何やってんだお前はよ!」
「悪いのはいきなり人の肩を叩く先輩っすけどね!」
「とにかくなんか拭くもの! お前のジャケットでいいから貸せ!」
「バカっすか、貸すワケないでしょ! 雑巾なら先輩が首に巻いてるヤツがあるじゃないすか!」
「誰のネクタイが雑巾だ、コラぁ!」
捜査にトラブルはつきものだ。
状況は一応、進展している……はずだと俺は気持ちを強くもった。
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