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【1】-4

「ミレーユ、お前に王妃陛下からの召喚命令が来ている。お前、一体なにをしでかした?」

と夕食の席で兄に言われて、テンションが急降下した。



いつも腹の底を読ませず涼やかに笑うだけの兄が、珍しく深刻そうな顔でこちらを見つめている。

「……でも、お兄様。思い当たる節がありませんわ」

「明日、王妃陛下よりじきじきにお話があるそうだ」

「お、王妃陛下がじきじきに……?」


王妃教育はすでに修了しているから、今さら王妃に叱られることもないはずだけど。

そもそも、王妃教育を行っていたのは多忙な王妃ではなく女官たちだ。王妃教育関連なら、女官が言ってくるはずだし。


……ちなみに私は前世の記憶を取り戻す前から、王妃がとても苦手だった。

正確に言うと、王妃がミレーユを見るときの、あの『残念そうな目つき』が怖いのである。


(呼び出しなんて初めてだわ。まさか『これまで我慢していたけれど、あなたは王太子妃として不適格です』とか言ってきたりしないよね……?)


卒業式を待たずして2年修了時に断罪ENDとか。ないよね?


私は不安をこらえつつ、カジノで育てた隠し財産の口座番号や、平民落ちした後に住む場所候補などに想いを巡らせていた。




   *

翌日、登城した私は王妃に指定された時間に指定の場所へ。

王宮にある庭園だ。

お茶会の準備が整っており、凛と背筋を伸ばした王妃が待っていた。


「ご無沙汰しております、王妃陛下」

日頃から後宮管理や国事行為で多忙を極める王妃陛下に、わざわざお時間を割いてくださったことへのお礼を述べる。

しかし、「社交辞令は不要です」と爽風のような声音で返された。


「お掛けなさい、お茶にしましょう」


王妃陛下は怜悧な美貌の持ち主だ。そしてぶっちゃけ、近寄りがたい。

スカイブルーの瞳やゆるやかに波打つブロンドの髪はユードリヒ殿下とよく似ているけれど、身に纏う静謐なオーラは全く違う。


……最上級の礼節を尽くさなければ。

でも召喚命令っていうからビビってたけれど、お茶会という体裁なのね。


「学園での生活は順調ですか」

王妃は無難な話題を投げてきた。私も無難に丁寧に返す。儀礼的な会話が二、三、続いたあと王妃は予想外のことを口にしてきた。


「学務長官が、あなたを高く評価していました」


学務長官、誰それ? と一瞬思ったが、カミラ・メルデル女公爵の肩書きだと気づく。

「学務長官閣下が、私を……?」


「ええ。彼女とは公私問わず親しい間柄なのですが、ここ最近の彼女はあなたの話題ばかりで。なんでも、長く苦しんでいた持病があなたのお陰ですっかり癒えたとか。学園での勉強以外にも、研鑽を積んでいるようですね」


(あれ……?)

王妃陛下、前と雰囲気が変わったかも。


「最近のあなたは、学外の活動にも意欲的だと聞きました」

「はい。兄のもとで領地経営の補佐などもしております」

「大変すばらしいことです」

やっぱり王妃陛下は変わった。どこか友好的だし、いつもの『残念な子ね……』的な眼差しを向けてこない。どうしたのだろう?


「ミレーユ。あなた、変わりましたね」


その言葉を聞いて、変わったのは王妃ではなく私のほうなのかと気づいた。


「これまでのあなたは、言葉は悪いですが自己中心的な印象でした。目上の者におもねるばかりで、利他の配慮をする余裕が見られず……王太子妃としては少々不安に感じていたのです」


見抜かれていたのだ。

ミレーユは義母となる王妃陛下からの心証を良くしたくて、媚びを売り続けていた。その一方で、目下の相手には高飛車に振る舞っていたのだ。

確かにそれは『残念な子』に違いない。


「ユードリヒは自尊心が高くて独りよがりなところがありますが、あなたがあの子を支えてくれるのなら安心です。今日はそれを伝えたくて、急な呼び出しをしてしまいました。あなたも忙しい身でしょうに、無理をさせましたね」


ミレーユ、あなたが私の娘になる日がとても楽しみです。――というお言葉を最後に、お茶会は終了した。



   



「あら、お兄様」

お茶会後、馬車停め場に向かっていると王宮内で兄とばったり遭遇した。

登城日だった兄は、「今日は珍しく仕事が早く終わったから、今から屋敷に戻るところだ」とのこと。

同じ馬車に乗るよう言われた。


「それで。いったい何のお咎めを受けたんだ?」


帰りの馬車で、窓の外に視線を投げつつ兄は問うてきた。

「……え」

「言ってみろ、可能な限りフォローしてやる」

兄、優しい?

もしかしてツンデレさんだったのだろうか??

あの広い王宮で偶然ばったり遭遇したというのも、不自然だし。

明らかに仕事上がりの時間が早すぎるし。

……もしや私を心配して、待っていてくれてたの?

王妃陛下に褒められたのと相まって、私はご機嫌になってしまった。


「んふふふふ」

「なんだその不気味な笑みは、咎められたショックで気が触れたか」


王妃のお叱りを受けたとばかり思い込んでいる兄に対して、私は今日のお茶会のことを全部伝えた。

驚いたように、兄は美しい双眸を見開いている。


「どうです、お兄様。いつまでも不出来な妹と見くびらないでくださいね。王妃陛下も私を『早く娘にしたい』とおっしゃっていましたよ? お兄様も鼻が高いでしょう」


んふふふふんと得意げに笑っていると、なぜかいきなり兄は頬に触れてきた。


「兄!?」

「……『王妃陛下の娘』か、そうだな。卒業すれば、お前はじきに王太子の妻になってしまうんだ」

な、なんですか? そのセンチメンタルな態度は。


「この日々も遠からず終わってしまう。……そう思うと、惜しいよ。もう少し、お前に優しくしてやりたくなってきた」

兄がおかしい。

その、スチルみたいに美麗で甘くて切なげな表情はいったい………………?



はっ。



電撃に打たれたように、ゲームの追加情報が脳に降りてきた。

そういえばこの兄、追加課金コンテンツの隠し攻略キャラではないか……!


ゲーム全クリした人だけ遊べる隠しルートでは、悪役令嬢の兄ミラルド・ガスターク侯爵との恋愛を楽しめる。

途中まで王太子ルートをプレイすると、分岐選択が起こるのだ。

ミレーユに暴力を振るわれそうになっていたアイラを偶然ミラルドが助ける――というのがゲーム内でのふたりの出会い。


ミレーユの前では味方っぽく振る舞いつつ、最終的にはミレーユを裏切って獄中に放り込み、アイラを妻に迎えるエンディング……だと聞いている。

私は未プレイなので、あくまでもwiki情報だ。


出会った当初のミラルドはクールな性格だけど、親密度が高くなると『翻弄系』の本性を見せるという。

ピンチの時に助けてくれたかと思うと、変なところでSっぽくイジメてきたり、嫉妬したり、ヤンデレ的な監禁行為に及んだりする……らしい。


(お兄様が攻略キャラとか!! でもこっちの世界は王太子ルートみたいだし、まさかお兄様はアイラに落とされたり……しないよね!?)


不穏な妄想がよぎりまくった私は、ぞっとして兄の手から逃れた。

そんな私を見ながら、兄は優しく微笑している。


「嫁がせるのが惜しい。ずっとお前を手元に置いておきたいよ」


そう言うと、兄は再び窓の外に視線を投げてこちらに表情を見せなかった――。

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