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現代1-02 離婚の条件

「離婚に応じるわ」


自らの退院が決まったその日、リリーは倉島裕也を病室に呼び出した。


見舞いには全く現れなかった裕也も、リリーが「離婚について話し合いたい」と伝えると、二つ返事で病院を訪れた。その場に菜々子を伴わなかった点だけは評価しても良い。が、見舞いの品一つ持たずに現れた男に、リリーはベッドの上で冷笑する。


「……離婚に応じる条件は何だ?」


裕也は、挨拶も――ましてやリリーを気遣う一言も――無しにそう切り出した。リリーは、小さく首を傾げて目の前の男を観察する。


(……ふーん。世界が変わっても、こういう人間っているのね)


元の世界で言うところの、貴族や王族に近い感覚。あそこまで酷くはないが、結局は自身の意向が全てだと考えている尊大さが窺える。


リリーは、裕也に向かって、未だ包帯の残る指を二本立てた。


「離婚に応じる条件は二つ」


「……言ってくれ」


「一つは、PHテクノの化粧品部門。あれを私に頂戴」


裕也の眉間に皺が寄る。


「……分社化しろということか?」


「譲渡して欲しいの。それで、慰謝料代わりにしてあげる」


「……」


PHテクノの主力は医薬品開発だ。化粧品部門は立ち上げたばかりで、まだ実績も何もない。条件として然して厳しいものではないはずだが、裕也は少しだけ迷いを見せた。


「……事業を譲ること自体は認めてもいい。だが、今までPHテクノで勤めてくれていた人材を金で売り渡すような真似はしたくない」


「つまり?」


「従業員に関しては、PHテクノに残るか、君の会社についていくか、各自の判断に任せたい」


裕也の要求に、リリーは鼻白む。彼の思惑は透けて見えていた。どうせ、リリーの新会社についていく者などいないと思っているのだろう。思った上で、そんな提案をするのだから、酷く馬鹿にされたものだと思う。


(何が、『金で売り渡す真似をしたくない』よ……)


綺麗ごとを言って、慰謝料替わりの譲渡を渋っているだけではないか。


だが、リリーは裕也の要求に頷いた。


「いいわ、その条件で。但し、私が彼らに引き抜きを掛けるのは認めて」


「いいだろう」


その余裕ある口ぶりに、リリーは内心でせせら笑う。リリーには、リリーなりの勝算があった。化粧品部門は元々、美咲の発案で立ち上げられた部署だ。美咲と顔見知りも多く、中には直接、美咲が引っ張って来た人もいる。


ネックは、リリーに経営者としての経験がないこと。先行きが不透明な会社についてきてくれる人がいるかどうかだが――


(……面白いじゃない)


リリーの心に火が付く。思わず嗤いそうになるのを飲み込んだ。


リリーは「もう一つの条件は」と指を立てる。


「私が、柏木翔、……柏木君を引き取るわ」


「柏木を……?」


裕也が怪訝な表情を浮かべる。リリーは彼に向かって頷いた。


「と言っても、あなたにして欲しいのは、柏木君をクビにすることだけ。ああ、あと一筆書いてほしいわね。『今後の人生は好きに生きろ』とか、そういう感じで」


「……」


「その上で、彼が私に雇われてくれるかどうかは、私の交渉次第ね」


おどけて肩を竦めるリリーを、裕也はじっと見つめる。


「柏木はまだ昏睡状態だ。今のあいつを解雇するような真似はしたくない」


「あら、大丈夫よ。彼が目覚めるまで私が彼の面倒を見る。入院費も私が負担するわ」


「……だが、お前はあいつの起こした事故が原因で死にかけたんだぞ?」


探るような裕也の眼差しに、美咲は「気にしてないわ」と笑って答える。


「事故は誰にでも起こり得ることだもの。それに、今後は運転手以外の仕事をしてもらうつもりだから」


「……何故、柏木に拘る。まさか、あいつに……」


「安心して。別に、彼を虐めようとか、責任取らせようなんて考えてないから」


嘘だ――


当然、責任は取らせるし、結果として彼を追い詰めることになるだろう。だが、それは、裕也の案じているようなものではない。


(美咲の記憶を見る限り、あれは事故ではなく、殺人、……無理心中って感じよね)


だからと言って、彼が美咲に対して何らかの感情を抱いていた様子はない。


(とすると、殺人を命じられたか、若しくは仕事として請け負ったか……)


だが、仕事として請け負ったのであれば、柏木翔自身が死にかける必要はない。残された可能性は「命じられた」だが、そうなれば、命じた相手は自ずと一人に絞られてくる。


(だって、あの男が殺人を厭わないほどに忠誠を誓ってる相手ってことでしょう?)


それに、その忠誠を誓われている相手は、未だ「条件その二」を飲めずに考え込んでいるのだ。


(『条件その一』より、よっぽど低コスト。悩むまでもないと思うのよね?……本来なら)


リリーは悠然と構え、裕也の答えを待つ。暫しの熟考の末、漸く彼が口を開いた。


「……分かった。柏木の件も、君の要求を飲む」


(っ!)


リリーは、内心で喝采を上げる。裕也が柏木翔を切り捨てたことに興奮した。


(凄い!それだけ自信があるのね……!)


裕也が柏木を切り捨てても、柏木は裕也を裏切らない。美咲を殺すよう命じたことを、彼が明かすことはないと裕也は信じ切っているのだ。


リリーの脳裏に、元の世界の騎士たちの姿が浮かぶ。彼らは王族に忠誠を誓い、それこそ、命令一つで人の命を奪うことに躊躇しない。


(騎士じゃなくても、アルマンなんかは、ディオンのために命を投げ打ったでしょうけど……)


だが、こちらの世界でそれほどの献身に出会えることは滅多にない。命の価値がより重いこともあるが、そもそも、それほどの主従関係が稀なのだ。


だったら――


(そんな忠誠心を持つ男を私が手に入れたら……?)


リリーの身体がゾクゾクするほどの歓喜に震える。だが、それを悟られぬよう表情を引き締めて、今後についてを口にした。


「……離婚も譲渡の手続きも、こちらは田上先生に任せるつもりよ。そちらは荒沢先生でいいのかしら?」


「ああ……」


頷いた裕也はそれ以上話すこともないのか、あっさりと背を向け、病室の扉へと向かう。扉を開いたところで、動きが止まった。裕也が振り返る。


「……柏木の容態だが、医者の見立てでは、もって後数か月だそうだ」


「っ!?」


リリーが驚いたその隙に、裕也が病室を出て行く。最後の最後に爆弾発言を残していった男に、リリーはギリと奥歯を噛み締めた。だが、怒りの矛先は直ぐに、今も意識のない男に向かう。


(許さないから……!)


死んで逃げるなど許さない。この身を傷つけた落とし前は必ずつけてもらう。


リリーは上掛けを撥ね退け、ベッドから飛び降りた。






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