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入れ替わりの聖女たち  作者: リコピン
異世界編
10/13

異世界1-03 願うのは

ディオンとの面会は直ぐに叶った。


既に王太子としての仕事を始めている彼は、学園外でも忙しい。それを、リリーのために融通してくれたと分かるから、美咲は何とも心苦しくなる。


学園の執務室。王族のためにある特別室で、ディオンはアルマンと共にリリーを待っていた。


ソファに座るよう促された美咲は、ディオンの対面の席を選ぶ。ディオンは、美咲が腰を下ろすの見守って、開口一番、先日、寮まで送っていけなかったことを詫びた。彼がそんなことを気にしているとは思わず、美咲は驚く。


「ディオン様、お止めください!謝って頂くようなことでは……!」


慌てる美咲に、ディオンが「おや?」という風に片眉を上げる。


「……リリー、君はどこか変わったか?何と言うか、雰囲気が……?」


訝しげな彼の言葉に、美咲はドキリとする。リリーの記憶によると、魂換(こんかん)の儀は失われた秘術。容易に成せるものではない。ディオンもまさか、リリーの魂が入れ替わっているとは思わないだろう。が、用心に越したことはない。


美咲はあまり大袈裟にならないよう、「実は……」と告げる。


「頭を打ったせいか、記憶が曖昧な時があるんです。咄嗟に、大事なことが出てこないというか……」


「記憶が?」


瞠目したディオンの表情が陰る。


「……では、まさか、霊薬に関する記憶も欠如しているのか?」


焦りの感じられる彼の言葉に、美咲は「いいえ」と首を振る。


「霊薬に関する記憶は問題ありません。もう間もなく、生産が可能になります」


「そうか……」


ディオンが安堵の表情を浮かべる。


霊薬は、ディオンが主導し、リリーが開発を進めてきたレテル病の特効薬だ。リリーが「完成間近」と報告したそれが失われるなど、彼には耐え難いものだろう。


国民病と呼ばれるレテル病は、魔力カスと呼ばれる魔力の残滓が体内に蓄積されることで発病し、体内の魔力循環が滞った結果、死に至る。そのため、特効薬の開発は急務とされていたが、成功の目途さえ立たず、開発は暗礁に乗り上げていた。


そこに、聖女であるリリーが現れた。


王太子の協力を取り付けた彼女は、学園内に自身の研究室を設けると、瞬く間に成果を上げる。魔法薬学を駆使した彼女の薬は、レテル病の症状を和らげ、患者の死を遠ざけた。


まさに聖女、民を救う者だともてはやされたリリーは、けれど、そこで妥協しなかった。症状の緩和ではなく、病の完治を目指したのだ。


そして、幾度(いくたび)もの改良の末、リリーは魔力カスを体内から排出する薬を創り出すことに成功する。「霊薬」と呼ばれるに相応しい効き目、リリー自身も漸く満足がいったようだったが――


「……ディオン様にお願いがあります」


「リリーの願いか。……私に叶えられるものであれば何でも叶えてやる。言ってくれ」


ディオンの返事に、アルマンが慌てたように「殿下!」と彼を制止する。


「駄目だよ。リリーのお願いを叶えるのは、殿下じゃなくて俺の役目でしょう?俺だって、リリーの役に立ちたいんだから」


アルマンが駆け寄り、美咲の手を握る。「俺を頼って?」と懇願する彼に、美咲は申し訳なくも、首を横に振った。


「私の願いは、殿下にしか叶えられません」


「っ!……そんなこと言わないで。俺だって、リリーの支えになれる。君のために、何だってするよ?」


「いいえ、そうではなくて……」


美咲は、アルマンの手から自分の手を引き抜き、ディオンを向く。


「殿下にお願いしたいのは、この国の政策についてです」


「政策?」


「はい。今後、国全体で使用する魔力の量を減らす、……出来れば、魔力を使用せずに人が生きていける国を作ってほしいと思っています」


美咲の言葉に、ディオンとアルマンが瞠目する。現実的ではない。そう思っているのだろう。美咲とて、元の世界で電力なしの生活をしろと言われれば、「無理だ」と答えている。


だが、そもそも、レテル病は病ではなく公害だ。魔力使用時の残りカスが原因だと分かっているのだから、何らかの対応があって然るべきなのだ。それを、人の健康を害するまで使用し、健康を害してから治療するなど。


そんな方策はいずれ破綻する。いつかきっと救えない命が出てくる。


それに――


「……『ライト』」


「リリー?」


唐突に、美咲が唱えた灯りの魔法に、ディオンが戸惑いの声を上げる。美咲は彼に向かって光球を掲げてみせた。日の入る室内では無いも同然の弱弱しい光。


「階段から落ちた後遺症だと思うのですが、今の私は魔力が殆ど使えません」


「っ!何だとっ!?」


「この『ライト』が、今の私の精一杯の力です」


ディオンの口から「まさか……」という驚きの声が漏れる。絶望、だろうか。彼は茫然と、光球を見つめていた。


「……ディオン様、今後、私には今の霊薬を超える薬を作ることはできません。だからどうか、先程の私の願いを叶えて頂きたいのです」


魔法薬の開発には、多くの魔力が必要になる。リリーが新薬の開発に次々成功したのも、天才的な閃きだけでなく、その膨大な魔力があったればこそ。今のリリー(・・・・・)には、そのどちらもない。


長い長い沈黙の末、ディオンが疲れ切ったようなため息を吐いた。


「……リリーの魔力が失われた、か。……霊薬は、完成するんだな?」


「はい」


リリーの答えに、ディオンは吹っ切れたように「分かった」と頷く。


「リリーの進言は、国を挙げての政策として吟味しよう。……だが、今すぐに国の在り方を変えることは出来ん。今暫くは、君の霊薬がこの国の生命線となる」


ディオンの言葉に、リリーは「はい」と答えた。彼の碧い瞳が、リリーをじっと見つめる。


「霊薬の製造は国を挙げての事業だ。……ここまで尽力してくれた君には申し訳ないと思う。が、今後を考え、霊薬の調合法、レシピを国に渡してもらうことは出来ないだろうか?」


「それは……」


美咲は躊躇った。霊薬はリリーの最高傑作にして、最後の頼みの綱。彼女が自由を得るために秘匿し続けてきたもの。それを手放すのに迷いはある。でも――


「承知、しました……」


「っ!本当か、リリー!?」


「はい。魔力の減った今、私一人で出来ることには限度があります。量産のためにも、こちらから助力をお願いしたいと思います」


ディオンが感極まった様子で立ち上がり、空いた美咲の隣に座り込む。長い腕が伸びてきて、美咲の身体を抱き締めた。


「あの、殿下……」


この国にあっても、抱擁はよほど近しい関係の相手でなければ許されない。腰の引けた美咲の耳元で、ディオンは何度も「ありがとう」、「感謝する」と繰り返した。


不意に、美咲の肩が後ろに引かれる。強い力で引かれたため、弾みでディオンの腕の中から抜け出した。振り返ると、アルマンが非難がましい目で見下ろしていた。


「ちょっと、殿下。リリーを独り占めするの禁止。……リリーも、もっと危機感を持たないと」


嫉妬、だろうか。だがそれにしては、彼の眼差しには怒りの色合いが強い。何が彼の怒りに触れたのか分からず、美咲は「ごめんなさい」と謝罪の言葉を口にした。


それに満足したのか、アルマンの顔に「やれやれ」と言わんばかりの笑みが浮かぶ。そのまま、彼はスルリと美咲の隣に腰を下ろした。


「……ねぇ、リリー。君が殿下を好きなのは知ってる。だけど、もう少しでいいから、僕のことも構ってくれない?」


「あの、私は別に……」


ディオンを好きなわけではない。そう言いかけて、それはあまりに不敬かと答えを躊躇う。だが、彼らにそう思わせてきたのはリリーだ。


美咲はスッと姿勢を正す。


「……ディオン様、アルマン。今まで、お二人に散々ご迷惑をおかけしてきたことを、心からお詫びします」


「え、リリー?……一体、どうしたの?」


「特に、ディオン様には。許しがあったとは言え、お名前を呼ぶ無礼を働き、適切でない距離をとってしまいました。……クローデット様にも、大変、申し訳なかったと思います」


言って、美咲は頭を下げる。許されるなら、クローデットや他の令嬢にも直接会って頭を下げたい。けれど、彼女たちはそんなもの望まないだろう。だから――


「……殿下、私は教会へ戻ろうと思います」


「っ!?待て、リリー!何故、急にそのような……!」


「私は聖女です。霊薬が私の手を離れた今、私は私で出来ることを探したいと思います」


それが、美咲が出した結論だった。美咲にリリーと同じことは出来ない。自由のために誰かと結婚することも、飽くなき情熱で魔法を究めることも。


「……殿下とアルマン様の今後のご活躍を、女神レステレアの御許でお祈り申し上げます」


聖女としての祈りの言葉。ディオンが目を見開き、美咲を凝視する。また、背後から肩を引かれた。


「ねぇ、待ってよ、リリー。……だったら、俺は?」


振り向かされた先、アルマンが歪な笑みを浮かべている。


「俺がリリーの傍にいる。これからも、ずっと。……だから、教会に戻るなんて言わないで、ね?」


美咲は、彼の言葉に苦笑する。


(アルマンでさえ、『だから、結婚しよう』とは言わない。……言えない、のかな?)


だったら、彼の傍に美咲の居場所はない。愛人として囲われるか、聖女として祀り上げられるかなら、美咲は当然、後者を選ぶ。


「ごめんなさい、もう決めたことですから……」


「っ!?」


アルマンの顔がクシャリと歪む。彼の瞳に隠し切れない怒りを感じて、美咲は顔を伏せた。彼がそこまでリリーに執着しているとは思わなかった。


「どうして、急にそんなこと言い出したの……?何で……」


自失状態で呟くアルマンに、美咲は答えられない。


「……誰かが、君を傷つけたから?」


「え?」


「そうなんでしょう?誰かが君を階段から突き落としたから、それで怖くなったんじゃない?……あの日からだよね?リリーがおかしくなったの」


美咲は首を振って否定する。きっかけはそうだが、直接の原因は違う。しかし、美咲の否定を黙殺したアルマンは、「犯人を見つけよう」と言い出した。


「俺が、必ず犯人を見つけ出す。見つけ出して、二度と君に手出しできないようにする。絶対に、君を守って見せるから」


そう言って、美咲の両手を握り締めるアルマン。


「リリー、辛いと思うけど、あの日何があったか、教えてくれる?」


怖いくらいに真剣な彼の眼差しに、美咲はもう一度首を横に振る。


「覚えていません、何も。それに、あの日の事故が理由ではありません。……教会へ戻るのは私の意思、将来を見据えて私自身が決めたことです」


「そんなはずないよ。だって、リリーはあれほど教会から離れたがってたじゃないか」


「っ!」


アルマンの一言に、美咲の中で初めて、彼らに対する怒りが生まれた。


(知って、いたの……?)


リリーが、直接、彼らに助けを求めたことはない。「教会から連れ出して」という一言が、彼女には言えなかった。彼女は、自分の女としての価値、製薬の能力で道を切り開けると信じていたのだ。


それを、傲慢だと言うことも出来る。だが、十八の少女が――例え、この国で成人であろうと――、一人戦っていたのだ。なのに、誰も手を差し伸べてやろうとは思わなかったのか。でなければ、せめて、「あなたのやり方は間違っている」と忠告するくらい――


「リリー?」


「っ!……申し訳ありません。ですが、やはり、アルマン様のお力は必要ありません」


「どうして?……だって、リリーは見たんじゃないの?君を殺そうとした犯人を。だから、そんなに怯えて……」


アルマンの手が伸ばされて、美咲の髪に触れようとする。犯人を見つけると言いながら、あの事件が起きた理由には思い至らないのか。彼の無神経さにカッとなって、美咲は伸ばされた手を振り払った。


「違うと言っています!もう止めてください!……私に非があることは認めます。ですが、あなたの、……あなた達のそうした態度が、他の誰かを傷つけた、……今回の事件を引き起こしたとは考えないんですか?」


美咲の怒り任せの言葉に、アルマンは表情を険しくする。


「それって、もしかして、君を傷つけたのって……?」


「犯人が誰かは分かりません!だって、私は見ていませんから!ですが……」


リリーはアルマンに鋭い視線を向ける。


「あの場に、白金の髪の人物がいたことは確かです」


それがどういうことか、よく考えてほしい。その思いを込めた視線に、けれど、美咲の意図が伝わっていないのか、アルマンはヘラリと笑う。


「えー、白金?それって、学園じゃあ、クローデット様くらいしかいないよね?」


取ってつけたような驚き。彼女の名が出ることを予想していたのではないかと思えるアルマンの態度に、美咲は眉を顰める。


「……リリー。それは、確かなのか」


ディオンの声に、背後を振り返る。眉間に刻まれた深い皺、苦悩を浮かべる彼に、美咲は首を横に振った。


「分かりません。私が言えるのは、『白金の髪の人物がいた』とだけ……」


「だから、それって、クローデット様が犯人ってことだよね?」


背後から、アルマンの喜色を含んだ声が聞こえる。美咲は背後を振り返らず、ディオンに告げた。


「あの事件の犯人が分かったなら、法に則った処罰をお願いしたいと思います。……ですが、もし、あの場に居たのが本当にクローデット様だったとしたら、酌量の余地を……。彼女をそこまで追い詰めたのは私ですから」


「……」


美咲の言葉に、ディオンは両目を閉じる。グッと何かに耐えるように唇を引き結んだあと、緩くほどけた口から深いため息が零れ落ちた。


「……君の言い分は分かった。私も、覚悟を決めよう」


彼の言葉に頷いて、美咲は立ち上がる。退出しようとした美咲に、ディオンがエスコートの手を差し出した。迷った末、彼の手を取った美咲は、扉の前まで導かれる。


退出の言葉を告げた美咲が部屋を出ようとした時、アルマンの声が聞こえた。


「リリー、またね。次に会う時には全部終わってるから。楽しみに待ってて」


「……」


嗤ってそう言う彼の姿に、美咲は違和感を覚える。何かとても重大なミスを犯したような。取り返しのつかない道を選んだような。


だが、違和感の正体は分からない。


「……失礼、します」


結局、美咲は何も言わず部屋を後にした。アルマンの瞳に宿る何かに気付かない振りで。






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