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【第一章 密室の扉】 (八)悪縁

「まだそこにいたのか。中のもの、何も動かしていないだろうな」


 一階から上がってきた渥が顔をしかめた。


「大丈夫ですよ」


 現一狼は困惑を隠し、にこりと笑ってみせる。


「そうか。今、医者を呼んでいるところでさ」


 渥が苦々しい表情をした。憂いが浮かんでいる。この人でもこんな顔をするのかと思いながら尋ねた。


「医者? もう亡くなっていますよ。警察ではなく?」

「警察じゃなくていいそうだ。医者は死亡届の為だってさ。結城はここに住所を移している。天涯孤独な奴らしくて、こっちに本籍まで移していた」


 今度は、現一狼が苦々しい顔をする番だった。

 普通、引っ越し程度では本籍は移さない。まして居候するくらいでは。ただ、過去を辿(たど)りにくくするには役に立つ。「龍」がよく取る手段だ。

「龍」がからんでいるとはいえ、結城が息を吹き返し、現一狼が殺してしまったことが知られると面倒だ。長居は禁物だった。


「一つだけ教えてください。結城先生を雇ったのは、誰です?」

「岩田さんだ。結城は向こうから売り込んできた。父さんの出身大学の講師か誰かに家庭教師を頼もうと思っていたらしいけど、どこで話を聞きつけたのか、直接家に来た。父さんのことを知っていたらしい。それで、決めたんだろうな」

(ひのき)惣時郎(そうじろう)さんですか?」

「うん。政治家だったから。顔が広いんだよ。家まで来る人を、なかなかむげにはできないらしい」


 言いながら、自分でも納得していない様子で渥は腕を組んだ。

 現一狼は額を押さえる。

 嫌な予感がした。

 先代の現一狼は、あまり個人としては人付き合いをしない人だった。だが、一人だけ、親交のある政治家がいたらしい。先代の死因は、その政治家を守ろうとして失敗したせいだ、と聞いている。詳しいことは、秘書代わりだった現在の副頭領しか知らない。現一狼がいくら聞いても教えてくれなかった。復讐(ふくしゅう)に走るといけないから、というのが理由だ。

 それも、四年前だ。

 先代の死を受けて、新井現は十六歳で現一狼を引き受けなければならなくなった。

 

「失礼ですが」


 自然と、固い声になった。


「何だよ、怖い顔して」

「お父様は、小型飛行機の事故でお亡くなりになりましたか?」

「そうだけど。なんで知っているんだ」


 現一狼は溜息(ためいき)をついた。

 間違いない。先代は小型の飛行機に乗って、事故に()った。同乗者がチャーターしたもので、仲間内では時間のない二人が早急に「龍」対策を取るために現地に向かうところだった、とも、政治家が一方的に「龍」の恨みを買っていて殺され、先代は巻き添えを食ったのだとも(うわさ)されている。


「……先代頭領も、飛行機事故だったので。僕の親代わりでした」


 やっと声を絞り出し、深呼吸をする。


「え?」

「お父様は、『龍』という団体の名前を出したことはありますか」

「いや、俺は聞いたことがないけれど。家のことは兄さんしか教えてもらっていないんだ。俺は次男だから、跡継ぎじゃないし」


 現一狼は、家長だと自分から告げた錦の姿を思い返す。錦は現一狼が来るのをわかっていた様子だ。


 ――いつか復讐されると思っていたからか、ほかに理由があるのか。

 

「それに、俺、なんか、父さんには避けられていた気がするし」


 渥がぼそぼそとつけ加えた。


「兄弟で差をつけるなんて酷い親ですね」


 自分にも思い当たる節があって、現一狼は言葉を吐き出す。


「いや、父さんを悪く言うな。きっかけはいくつかあったんだ。俺が裏の建物に勝手に入ったこととか。俺も、悪ガキだったから」

「あなたの家の敷地でしょう。入ったからって子どもを避けるなんて」


 現一狼はさっき見た黒い瓦屋根を思い出し、喉にこみ上げる苦さを渋面で飲み下す。


「やめろ。なんかおまえ、父さんを悪者にしたがっているだろう? 違うんだ。俺が、雨戸を開けて入るなり、臭いって大泣きしたりしたもんだから、父さんだって怒るよ」


 ――匂いが、わかったのか?


「それ、何歳頃です」

「小学校に上がってなかったから、五歳くらいだろ。裏の建物はさ、祖父じいさんの時代まで使っていたんだけど、父さんが閉ざしてしまったんだ」

「あれだけの広さのものを、お父様の一存で?」


 あそこでは、何人もが殺されている。しかも、何世代にもわたって。人数も家庭内のトラブルで言い訳できないくらいだろう。

 だから本来、死体を片づけたあとは消えるはずの匂いが、溜まってしまったに違いない。

 あの建物の目的として、考えられるのは一つ。殺人を行うために用意された、ということだ。

 建物の裏は低い山になっていて、他の家からは見えない。そもそも、檜家は奥まったところにあって、状況を選べば、悲鳴も隣家まで届かないだろう。

 その建物を閉ざしたということは、檜家は暗殺を惣時郎の代で急にやめた、ということか。


 ――そんなこと、できるのか?


 一方的にやめると宣言しても、聞き分けのいい者ばかりではない。脅されたり、実際に襲撃を受けたりしなかったのだろうか。


 ――しかも、この人材だ。


 現一狼は、じっと渥を見つめる。

 この少年が、今ですら殺人の匂いをかぎ分けるほどの経験を積んでいるはずがない。まして五歳児の頃なんて、生まれながら匂いを感じ取れる能力を持っていた、としか考えられない。ほかの殺人者の位置を把握し、死体がどこにあるか把握できるという、殺し屋が円滑に仕事をするには便利な能力を、生まれながら持つほど殺人を続けてきた家系、ということになりはしないか。

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