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【第二章 犯人は二人】 (四十四)謎解

 そして朝、渥は門を出て、竹林に立っている。


「ほんとうにバス停まで歩く気ですか。けっこうありますよ」


 現一狼が隣にいた。


「そうだな。もしおまえがこれから話すことを聞いて、俺の質問に答えられたら、バスで帰ろうかな」


 何食わぬ顔で、うそをつく。

 ほんの少しだけ、憂いがあった。

 

「ナイフの謎ですか」


 現一狼は袖に手を突っ込み、砂利を踏みしめている。


「うん。俺さ、着物を着てみたんだ。それでわかったよ。着物は、ボタンの代わりに紐を使っている。ボタンが一カ所とめればいいのと違って、紐で固定する場合、けっこうな長さのものを使って、全体をしめなければならない」

「慣れればなんてことないですよ」


 分かっているのか、わざと話をずらしてくる。渥は乗らずに、話を続けた。


「吉岡さんが倒れていたのは、この竹の前だ」


 渥は竹の根元に座り込んだ。時間が経ったせいか、もう、においはほとんどない。

 現一狼が目の前に立った。

 

「その状態で、おまえが袴の紐を後ろ側の分だけ外したら、紐は、吉岡さんの胸元のナイフに届くんだよ」


 現一狼を見上げる。もう解かれるのを分かっているだろうに、真剣な顔をしている。


「紐をさ、ナイフに結びつける。それで後ろに下がりながら、思いっきり引く。島田さんが見たとき吉岡さんの遺体が倒れていたのは、ナイフが抜けるときに前方に引く力をくらったからだ。指紋がなかったのは、袴の紐で強くこすられたから、拭いたみたいになったんだろう。あとは、ナイフをたぐりよせて、離れたところに持っていって、紐をほどく。これで、吉岡さんの自殺を他殺に見せかけられる。血が飛んだって、袴までだ。現一狼の装束である着物と羽織を汚さずに済む。袴は替えなきゃならないけどな」


 竹の根元から立ち上がり、ズボンやシャツについた竹の葉を払い落とす。


「これでどうだ」

「ええ、正解です」


 現一狼がにこりと笑った。

 笑っている場合じゃない、と言い返そうとしたら、砂利道を駆け抜ける音がした。(かつら)が道路に出ていくのが見えた。


「あいつ、何やってんだ?」

「ああ、桂さん。あの人、『龍』のスパイですよね」


 渥は聞き間違えたのかと思って、現一狼を見下ろした。現一狼がもう一度、「スパイです」と言う。


「おい、いいのか? スパイが入り込んでいるなんて」

「この人がスパイだって分かっているほうがいいじゃないですか。桂さんを追いだしたら、別のよくわからないスパイがきますよ。一応、龍之介や島田さんにも言ってあります。島田さんは、桂さんの監視役なんです。うまく回っていると思いますよ」


 こいつの考えはよくわからない、と思いながら、渥は、ああ、と曖昧に返事をする。


「ところで、質問って何ですか?」

「おまえは夢現(むげん)流をどうしたいの?」


 現一狼はしばらく考え、「僕が願ってよいのなら」と言って、続けた。


「頭領も含めて、誰も殺人をしない夢現流。僕の代では、僕がやってしまったので無理ですが、次の世代には」

「それ、やっていけるのか」

「うん。先代から、うちでは私的な警護を請け負うようになっているんです。支援者の中には、殺人ではなく警護を頼む人も多いんですよ。相変わらず、暗殺を求める人もいるけれど。そちらはうまくいきつつありますが、ネックは、『龍』なんですよね」


 確かに、「龍」のような敵がいれば、夢現流としても戦闘力が下がるようなことはしにくい。もし、「龍」が弱くなれば、夢現流だってそこまで強くなくてもよくなる。


 現一狼の考えを理解し、それだと「龍」と対立する限り、目的の達成は難しそうだな、と思う。でも、それには触れず、核になる質問をすることにした。


新井(あらい)(あきら)を青龍に殺させようとしたのも、そのためか」


 現一狼は、たとえ吉岡(よしおか)が必死であっても、乗る必要はなかった。吉岡と森島が死んだことにするだけで、二人の目的の半分は達成したことになる。罪滅ぼしとはいえ、計画に乗ったのは、悪意がゼロとは言い切れない気がした。


「そんなことにはなりませんよ」

「なんでだ」

「だって、渥さんが謎を解くでしょう? もちろん、真相がはっきりしない間は襲撃に新井明が参加できない、といった不便は『龍』側にあるでしょうけれど。桂さんもいるし、バレるのは時間の問題です」


 時間の問題とはいっても、「龍」が夢現流を襲撃したときは、新井明はいなかった。それは、つまり。


「時間稼ぎ?」

「はい、正解です」

「新井明を殺したいとは?」

「青龍は、殺さなきゃだめでしょうけどね。彼は未知数だ」

「優秀らしいぞ。早めに芽を摘んでおいたほうが」

「物騒なこと言いますね。新井明が頭領になるまで、僕だって生きているかわからないし、余計なことはしませんよ」


 渥は気が抜けて、その場にしゃがみ込んだ。


「どうします? バス停まで歩きますか? 五キロくらいありますけれど」

「いや、兄さんに電話する」

「何です? 事件の報告ですか」

「滞在期間を延ばしてもらう。俺は、東京見物がしたい」


 は、と呆れた声が降ってくる。見上げると、現一狼が目を丸くしていた。


「修学旅行、小中学校は奈良と京都だったんだ。高校は広島。東京に来られてないんだよ。せっかくの東京だぞ。案内してくれそうな友だちもいるっていうのに、ちょっとも遊べないのかよ、俺は」


 ぐちぐちと文句を言ってみる。現一狼はぽかんとしていたが、不意に笑い出した。


「錦さんの許可は得られそうですか?」

「絶対に取る。案内してくれるか?」


 現一狼が新井明を殺すつもりがなかったと言うのなら、もう少し、一緒に過ごしてみようと思っていた。必要なときだけ会って別れる関係ではなく、友だちとして、一緒に楽しもうと。


「いいですよ。ええと、高校生の定番といえば国会議事堂ですか」

「やめろ。修学旅行じゃないんだ。遊びに行くんだよ」


 現一狼が、楽しいところねえ、と宙を仰ぐ。渥が期待の眼差しを向ける。

 目が合った。


 二人は同時に笑い出した。


(おわり)

第二章、完結です。

お読みいただき、ありがとうございました!


第三章は2024年7月から公開予定です。

また、お会いできましたら幸いです。


江東うゆう

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