【第二章 犯人は二人】 (三十八)覚醒
客室に戻り、渥は現一狼の寝顔を見つめた。
以前よりやつれたように見える。
車庫の部屋を出るとき、龍之介が、夕方までに目覚めなければ、医者を呼んで点滴を打ってもらう、と言っていたのを思い出す。
「……」
現一狼の唇が動いた。耳を近づけてみると、おかあさん、と言っているようだった。
昔の夢でも見ているのだろうか。それとも、青龍が殺し、遺体となった姿を思い出しているのか。
「あお」
はっきりとそう言うと、現一狼は手を伸ばした。覗き込んでいた渥の頭を探り当て、引き寄せる。
「おい、現一狼」
声を掛けると、現一狼が目を開いた。
「あ、……えと」
「夢現流道場中棟の客室」
渥の言葉に答えず、きょとんとして体を起こすと、辺りを見回した。
「ほんとうだ」
「おはよう。もう昼過ぎだけどな」
「龍之介は」
「車庫。島田さんが森島さんと話をしているのを、見張ってる」
代わりに、一時的ではあるが、渥は見張りなしで動けるようになった。
「森島さん……ああ、そうですか」
現一狼は首を反らし、大きく息を吸い込む。
「バレたのか」
「バレバレだよ。どうしてあんな計画に乗ったんだ」
「あんな計画?」
「新井明への報復だよ」
「それもバレているのか」
しばらく、現一狼は答えなかった。意識が不明瞭なのかと思ったが、不意に、うなだれて笑った。
「申し訳ない。吉岡さんが必死だったことが、わかったので。夢現流は自分自身も含めて、自分から殺すことを禁じています。できるのは反撃だけです。でも、多津見流はそうじゃなかった。油断していました。まさか、あんな手に出ると思わなかったから」
現一狼が顔をしかめる。
「僕だって、致命傷はたくさん見ています。吉岡さんは、無茶な傷でした。痛かったでしょうし、苦しかったでしょう。でも、新井明が殺人をしたように見せかけるために必死だった。彼らの計画は、最初に聞いていたんです。森島さんは動けないし、実行できるのは僕しかいなかった」
「だから、あんなことを?」
「あんなことって、僕が何をしたかわかったんですか。森島さんは話さなかったでしょう? 意識がもうろうとしていましたからね。覚えていないはずだ」
現一狼が立ち上がった。手早く浴衣を脱ぎ、部屋のすみに揃えてあった着物に着替える。袴をつける姿を見ながら、渥は答えた。
「そうだな。おそらく、全部」
動機も分かった。本人も認めている。あとは、手順が合っているのか確かめるだけだ。
「全部か。それはすごい」
羽織に手を通しながら、現一狼はなぜか嬉しそうに言った。
「おまえが危険をおかす必要はなかっただろ」
「あるんですよ」
「何だよ」
「僕も、危険をおかして、『龍』から連れ出されたんです。だから、せめてもの罪滅ぼしに」
布団を畳み、現一狼は渥の前に座った。




