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【第二章 犯人は二人】 (二十)大喝

(にしき)さんに、(せい)(りゅう)とは話すなと言われていましたよね」


 (げん)(いち)(ろう)の声が硬い。


 応接間のある中棟の二階は、二部屋ある。

 一部屋は物置のようなものだ。もう一部屋は客間と称する現一狼の部屋だった。八畳二間続きの部屋は、三人しかいないと、とても広く感じる。


 目の前には、現一狼があぐらをかき、腕組みをしている。その隣には龍之(りゅうの)(すけ)がばつが悪そうな顔で正座していた。


 渥はというと、客用のふかふかの座布団に正座し、小言が早く終わることを祈っていた。


「いいですか? 僕らも一生懸命あなたを守ろうとしますが、あなたも気をつけてくれないと困るんです」

「やむを得なかったんだよ。だって、門前にバンは停まっていたんだし、喪服を返してこいっていったのは、副頭領だし、俺がほかにどんな行動が取れたっていうんだ」

「龍之介に返してきてほしいと頼めばいい話でしょう!」


 あまりの大声に、窓ガラスがビリビリと震えた。


「だいたい、知らない人の車に乗らないっていうのは、小学生でも習う話じゃないんですか?」


 眉間に皺を寄せ、こちらを睨んでいる。


 ――こいつ、こんな怖い顔するんだな。


 渥の背中に震えが走り抜けた。さすがに、こんなに怖いのは、錦に叱られたとき以来で久しぶりだ。


「うるさいな。俺は幼稚園で習ったよ。だけど、俺もあと少しで十七だぞ? しかも、この体格だ。そんなこといまさら気にしていると思うか」

「実際、誘拐されたでしょうが!」


 また、ガラスが鳴る。

 何度も大声を出されたのと、決めつけられたことに、渥も腹が立ってきた。


「うるせぇ、誘拐じゃないだろ! ちゃんと駅前で解放されただろうが! しかも最寄り駅だぞ! 良心的だと思わねぇか!」

「そんな話じゃないでしょう! 実際、車で連れ回されたのは誰ですか! その間はなんですか? 誘拐以外にありますか!」


 言いたいことはわかる。結果的には良かったが、確かに不注意だった。渥は反省の弁を思いつつもはき出せず、怒鳴った。


「ちょっとしたドライブだよ! 気になる話も聞いたし、有意義なドライブだ!」

「ああいえばこう言う!」


 現一狼が立ち上がった。頭上から視線が降ってくるのにいらだち、渥も立ち上がる。


「おまえが大声出すからだろう!」


 睨み合う。現一狼の拳が震えているが、手は出してこない。夢現(むげん)流の流儀は便利だな、と思いながら、渥は一層強く睨みつける。


「悪かったよ。気をつける。これでいいだろ」

「わかりました。今後、用事は全部、龍之介に申しつけてください」


 互いに相手を睨み直して、同時に座る。


「龍之介も、渥さんに余計なことを頼まないように」

「……わかった。本当に申し訳なかった」


 小さな震え声だった。龍之介を見ると、顔面蒼白になっている。


「じゃあ、その気になる話とやらを聞きましょうか。渥さん」


 嫌味がかった口調だった。なんだよその言い方は、と文句を言ってやりたかったが、ふすまの後ろ、階段の辺りで、人の気配がする。どうやら、門下生が怒鳴り声を聞きつけて様子を見にきたらしい。

 ここでまた一荒れするのは得策ではない、と考え、手短に説明することにした。


「青龍の言うのには『龍』側では、森島(もりしま)さんや吉岡(よしおか)さんの殺害を命じていないそうだ。だから、新井明は殺すはずがない、というのが、あっちの理屈。俺が言ったのは、吉岡さんの傷のことだ。島田さんの話では、吉岡さんの致命傷は左胸から右下に切られた傷だそうだ。青龍に新井明の利き手を聞いたら、右だった。新井明は小柄だし、吉岡さんはそれなりの身長なんだろ? だったら、新井明がその傷をつけるのは難しいな、という話だ。以上」


 特別なことは言っていないぞ、と、軽く睨み、現一狼を牽制する。事実や、事実から容易に導き出せる推測を述べたくらいで叱られたら、たまったものではない。


 龍之介がおそるおそる現一狼を見た。

 現一狼は腕組みしたまま、じっと渥を睨んでいる。


「……なるほど。いいでしょう」


 何がいいのかわからなかった。


「では、今後気をつけてください。龍之介。渥さんを寮の部屋までお送りして」


 ようやく終わったなと、渥はホッとして立ち上がる。龍之介がさっと渥の前に割り込み、ふすまを開けた。階段をバタバタと走り降りる足音がする。


「聞かれていたか」


 龍之介がつぶやいた。


「ちょっと前からだよ」

「少し前からいたよ。島田(しまだ)さん、(かつら)さん、箕津(みのつ)君、井筒(いづつ)さん」


 渥と現一狼が同時に口を開く。渥は現一狼を振り返った。現一狼も疑うような眼差しでこちらを見上げている。


「おまえ、誰が来ていたか、わかるのか」

「門下生の足音くらい覚えています。渥さんこそ、よく分かりましたね」

「俺はこう見えて細やかなんだよ」

「見えませんが」

「こう見えてって言っただろう」


 睨む訳ではないが、少しの間、強い視線で見つめる。同じような視線を、現一狼も返してくる。

 深いため息が聞こえた。


「わかりました。どうぞ、行ってください」


 龍之介が小さく、「行こう」と言った。渥は現一狼に一言いってやりたくなったが、うまく言葉がまとまらず、「じゃあな」とだけ言った。

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