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【第二章 犯人は二人】 (十五)裏口

 戻るなら、応接間だろうか、寮だろうか。


 荷物はもう、寮に運ばれている。でも、寮に行くには、あの庭――庭というより、植え込みの多い通路のようだったが――を通らなければならない。においに耐えられるだろうか。


 応接間のあった建物のあたりでうろうろしていると、石の灯籠の向こうに木の戸が見えた。寮の建物の端で、気持ち悪くなった場所から最も離れた位置だ。


 (あつみ)は庭を眺める振りをして、木戸のほうに回り込む。

 戸を開けようとすると、向こうから押し開けられた。

 慌ててよけると、(げん)(いち)(ろう)が出てきた。


「あれ、渥さん。話、早かったですね」


 現一狼は革製の大きな鞄をさげていた。


「どこか行くのか?」

「ああ、これ。森島(もりしま)さんの荷物です。寮に住んでいたんですけれど、あんなことがあったので、部屋を空にしました。荷物は車庫に置こうと思って」


 車庫。

 ガレージだろうか。屋根がついているとはいえ、寮の部屋にあったようなものを置く場所とは思えなかった。

 とはいえ、ここは夢現(むげん)流だから、自分の意見を押しつけてもいけない、と渥は思い直す。


「おい、つっかえてるぞ」


 現一狼の後ろから、伊藤龍之(いとうりゅうの)(すけ)の声が聞こえた。そちらも、大きなリュックを持っている。


「そっちは、吉岡(よしおか)さんの?」

「そうです。それにしても、渥さん。どうしてここから? 玄関はあちらです。こちらは裏口ですから」

「あ、いや。庭を見ていたら、扉を見つけたんで、こっちから入ろうかなと思って」

「玄関からは、入りにくいですか」


 現一狼が困ったような笑みを浮かべた。

 においが、というのは失礼な気がして、「ああ」と曖昧な声を出す。


(かつら)さんから聞きました。門を入ったところで体調を崩されたそうで。そういう人、たまにいるんですよ。先代現一狼もあそこが苦手でした」


 現一狼が建物の東の方を見遣る。

 

「ずっと昔から、夢現流の侵入者は、あの辺りに追い詰められて、門下生と戦ううちに死ぬんですよね。そういう雰囲気を感じやすい人はいますから。悪い印象のある玄関を出入りするのも辛いでしょう。特別にここ、使っていいですよ。――龍之介、ここの合い鍵って、あったよね?」

「あるけど」


 龍之介が戸惑った声で答えた。


「じゃあ、僕が持っている鍵を貸しましょう」


 現一狼は(ふところ)を探って鍵を取り出し、渥に渡した。


「中に入ったら、内鍵をかけてください。防犯のためです。この程度の鍵、『龍』どころか、泥棒だって簡単に開けてしまうでしょうが、時間稼ぎにはなりますからね」


 おい、と龍之介が現一狼の耳元に呼びかけた。上目遣いで渥を睨んでいるところを見ると、現一狼の判断に承服しかねるのだろう。


「いいだろ? だって、裏口を使うのは僕くらいだし、僕が判断したって」


 笑顔で一蹴すると、現一狼は庭に出ていく。


「渥君」


 龍之介が手のひらを渥に差し出した。鍵を返せということらしい。渥は鍵を握りしめた。


「頭領の判断ですよね。副頭領は許可なしに(くつがえ)せるんですか、ここでは」


 檜家では家長である(にしき)の許可なしに、決まったことを変えることはできない。

 知った上で、渥は、とぼけたように尋ねる。


「おまえも……(たぬき)か」

 渥を押しのけるように、龍之介が裏口をくぐっていった。去り際、親子揃って、とつぶやくのが聞こえる。


 ――父さんに会ったことがあるのか。


 先代と交流があったというし、惣時郎(そうじろう)は東京にいることが多かったから、先代の息子である龍之介が惣時郎に会っていてもおかしくない。先代現一狼が頻繁に三重に来ていたら、きっと錦も先代現一狼を紹介されていただろう。


 ――狸、か。


 そう思って、渥は、ふ、と笑った。

 檜惣時郎に対して狸と言ってのける龍之介は悪い奴ではないな、と思った。

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