【第二章 犯人は二人】 (七)間諜
連れていかれたのは、手前の建物の裏にある縁側の広い建物だった。手前の建物が総二階なのに対し、こちらは一部だけが二階になっている。
手前の建物との間には、石灯籠や小さな池、池にかかる石橋などからなる庭がある。
玄関を入ると広い土間だ。縁側のように板が突き出したところに座り、荷物を置く。
「障子を開けると、応接間だから。そこで待っていて。ここを出てはだめです。島田が迎えにくるから」
早口に言うと、桂は渥を覗き込んだ。
「さっき言っていたにおい、というのは? ここではする?」
言われて大きく息を吸ってみる。だが、この建物からはしない。
ほっと息をつき、「しません」と答える。
「そう。どんなにおい?」
「どうって、苦い、錆びたような……すえた、脂っぽい」
思い出しただけで気持ち悪くなる。
桂はしばらく、渥をじっと見ていたが、不意に立ち上がった。
「ごめんなさい。嫌なこと聞きましたね。応接間で休んでいてください」
軽く目を閉じ、深く頭をさげる桂に、渥はあわてた。
「別に、謝られるようなことは」
桂が顔を上げ、にっこりと笑う。
「じゃあ、副頭領を呼んで頭領のところに行きます。あなたはじっとしていてくださいね」
軽やかに身を翻し、建物を出ようとする。
その間際、桂は振り返った。
「さっきのにおい、頭領からはしない?」
「えっ」
渥はぎょっとして、桂を見上げた。
においは……確かに、現一狼からもする。ただ、先ほど門をくぐったときのような、あるいは檜家の古い建物のような、すえたにおいではない。
出会った当初は、それもあって現一狼をうっすらと警戒した。事件が発覚してからは、過度に警戒した。だが、悪気のなさや、檜家のためになろうとしているのが感じられて、少しずつ慣れた。錦と渥が食らったろくでもない出来事の相談に乗ってくれたことで、気にならなくなった。
そもそも、あのにおい自体が珍しいものではない。檜家の古いものからはだいたいしているし、檜家の煮染めみたいになっている岩田からふわりとにおうこともある。事件の朝は、ほんの短い間だったが、錦からもしていた。
町中でも、たまににおう。檜家に家庭教師として入り込んでいた「龍」の一員、結城だってそうだ。
渥が苦手なだけで、ありふれたにおいなのだ。それが、現一狼からしていたって、どうだというのだろう。
ただ、していることは、している。
「なんでそれを?」
「そう」
桂はただうなずき、暗い土間から光り溢れる外へと、出て行った。




