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【第二章 犯人は二人】 (六)開門

 夢現流の玄関もまた、大きな門だった。

 閉じられた門の傍らにある、門と同じくらい古びた板を、柄を何度も付け替えて色が違っている木槌で叩く。思いがけず、カンカンと大きな音がした。

 

「……君は?」


 出てきたのは、自分より背の高い男だった。サラリーマン風に髪をなでつけているが、身長約二メートル、巨漢に、濃い茶色の羽織に、黒い(はかま)

 どう見たって安心して話せる雰囲気の男ではない。

 しかも、門番をしていたらしく長い棒を手にしている。

 詰まりそうになる(のど)を励まして、渥は声をはき出した。


「竹林で人が死んでいます。今、現一狼が現場にいて、伊藤……副頭領を呼んでくるように言われました。取り次いでください!」


 男は横を向いた。そちらに、もう一人門番がいる。すらっとした髪の長い――おそらく体つきからして男だ。色白の肌に、桜色の羽織と赤色の袴が似合っている。


「死んでいるって、どんなふうに」


 大男に問われて、渥は首を振る。


「俺、見ていないんです。ええと、俺、(ひのき)渥です。今日からお世話になります。……ともかく。現一狼が死んでいるって言っているから」


 現一狼のことも、頭領と呼ばなきゃならないのか、といまさらながら気づく。


「ともかく、副頭領に知らせなくちゃ」


 柔らかい声がした。テノールでもだいぶ高い。


「わかった。ぼくは頭領のところに行こうか。檜渥君、君も来るか?」


 大きな体を傾けて、大男が渥を覗き込む。


「いや、俺は。……中に入れてくれませんか」


 さっきのことを思い出し、渥は軽く身震いをする。

 苦い、錆びたようなにおい。

 あれは、檜家の奥にある古い建物からするのと、似たにおいだ。

 怪訝(けげん)そうな顔をする二人を押しのけるようにして、門をくぐろうとする。

 途端、足が(すく)んだ。

 門の内側にも、苦い錆びたにおいがしていた。こちらは、酢と脂が混じったようなにおいで、立っているだけで体ににおいがつきそうだった。

 思わずバッグを抱きかかえ、しゃがみ込む。口元を手で覆い、逃げ場を求める。

 においは、檜家と違って建物の中ほうが薄い気がする。

 そちらに向かってじりじりと這っていくと、肩をつかまれた。


「どうしたんだ? 君も怪我(けが)をしているのか」


 無理に体を起こそうとする大男に、渥は短く答えた。


「いえ、ちょっとにおいが」


 これ以上話すと、吐きそうだ。


「わかった。島田(しまだ)。頭領のところに行って。私はこの人を応接間に連れて行って、副頭領を呼んでくる」


 桜色の羽織の人が渥の脇を抱えた。渥よりも背が低いのに力は強い。


 ――そうだ、新井(あらい)(あきら)に会ったんだ。


 島田、と呼ばれた大男に伝えたほうがいいだろう、と振り返る。


「あの……直前に、竹林の入り口で新井明に会ったので、もう逃げたみたいだけど、気をつけて」


 吐き気を押し戻しつつ、途切れ途切れに伝える。


「新井明? まさか、死んだのは、多津見(たつみ)流の……どちらか?」


 そんなことはわからなかった。しかし、首を振れば否定したことになりかねない。


「ともかく行って、島田。早く」


 ちょうどよいタイミングで、桜色の羽織の人が島田を促した。

 そうだった、と言って、島田が門を出て行く。

 桜色の羽織の人は、いちばん近い建物の玄関口で、「誰か」と叫んだ。すぐに、二人の少年が降りてくる。


「門番してて。頭領と島田が外にいるから、彼らが呼んだら開けるんだよ」


 少年たちがうなずくと、桜色の羽織の人は、渥の脇の下に差し込んだ腕に力を込めた。


「こんにちは。私、(かつら)って言います。大丈夫、少しだけ歩いて。中棟に行きましょう」

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