【第一章 密室の扉】 (二十一)閑話
このまま、どんどん檜家で不審事が起きる前に、事件を片づけて立ち去らなければはならない。
そう思いながら数日、現一狼は何もできないでいた。
最初にしていた血のにおいから、結城の頭の傷を作ったのが誰かはわかっている。
でも、密室の謎は解けなかった。それがわからなければ、どんな言い訳もできない。
「よお、現一狼」
高校から帰った渥が、鞄とコートを現一狼に放った。ゆるく弧を描いたそれらを、現一狼は両手で受け取る。
「錦さんは?」
「生徒会。三年生だから、普通は受験に集中しているんだけど、兄さんは成績に余裕があるから、今の執行部の相談に乗っているんだ」
「渥さんはどうなんです?」
「うるさいな。俺の成績は中の上」
渥に睨まれて、現一狼は肩をすくめる。生徒会活動などするつもりはないのか、と聞いたつもりだったが、伝わらなかったようだ。
「渥様、お帰りなさい」
ひろ子が玄関に顔を覗かせた。
「ただいま。今日の夕飯は何?」
「皆さんの好きな鱈鍋です」
よし、と渥がガッツポーズを取った。現一狼は吹き出しそうになるのをこらえる。
――羨ましいな。
道場では、誰かの好きなメニューにしてもらえることなど、まずなかった。料理係がその日スーパーで一番安かったものを、煮るか、焼くか、だ。
しばらくすると錦と由希も帰ってきた。鱈鍋、と聞いて、錦も笑顔になった。
現一狼は少し心配になる。同じ物が好きなら、とんでもない争奪戦になると思ったからだった。
だが、実際は違った。
鱈鍋は一人ずつ小さな鍋に分けてあった。
――やっぱり、こういう家は違う。
納得しながら、現一狼は鱈をつつく。こうして団らんの中にいると、なすすべもなく居座っている自分が申し訳なかった。
「食欲がないんですか」
由希が言った。
「え、いや」
慌てて、豆腐を口に放り込み、熱いのを飲み込んでから答える。
「ありますよ。この通り」
首を傾げる由希に、渥がご飯をおかわりしながら言う。
「放っておけよ。大丈夫だろ」
素っ気ない言い方だったが、口調は柔らかかった。
「そうですよ、渥さんの言うとおり」
現一狼は笑顔を作りながら、己の無能さを恥じた。
食事が終わると、ひろ子と由希が中野家に向かった。
それを見送り、渥の部屋に引き上げようとしたときだった。
「話がある」
渥が囁いて、現一狼の腕を引いた。




