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【第五章 五つの息子】 (十九)土産

「ずいぶんいい車を持っているな」


 助手席の(みず)()が、体を(ひね)って後部座席を見た。

 惣時郎(そうじろう)が座っているのは二列目の席、現一狼(げんいちろう)が座っているのは三列目の席だ。

 マイクロバスほどではないが、かなり広い。


立川(たちかわ)さんの知り合いから譲ってもらったんですよ。泊まり込みで取材に行くような人で、車内で横たわれる広さだそうで」


 三嶋(みしま)が運転しながら答えた。高速道路の代わり映えしない風景が、車窓を流れていく。

 あのあと、三嶋はいったん家に戻り、車を乗り換えた。最初に乗ってきた車は、立川の車だったらしい。


「僕もこの車の方が便利なんですよ。張り込みなんて、何日かかるかわかりませんからね。まあ、この車にしてから、調査対象より、人目に付かない車の停めどころを探すほうが面倒だったりしますが」

「それで仕事になるのか」


 水貴がとがめるような口調になった。


「なるから乗っているんでしょ」


 三嶋は水貴に片手を差し出した。


「何だよ」

「ガム。グローブボックスにあるの、出してください」

「先輩を使うな」

「じゃあ、運転を代わりますか」

「車の保険はどうなっているんだ」

「ああ、先輩が運転しちゃまずいかもな」


 水貴が、もう、とつぶやいて、ガムを渡す。三嶋は銀色のガムの包み紙を、ハンドルに手を掛けたまま剥いだ。


「大丈夫です。長距離、慣れてるんで」


 言いながら、板状のガムを指先で二つ折りにして、口の中に放り込む。車内にミントの香りがふわりと漂った。


「三嶋君は、そんなに活動範囲が広いのか」


 現一狼が不思議そうに言った。惣時郎と水貴の間に、ふっと緊張が走った。三嶋も水貴も、関東の檜家とは連携している。立川には黙っているが、惣時郎がらみで三嶋が動くこともあった。

 伊勢(いせ)(ひのき)家や、関東の関係者の元には、今でも殺人依頼が届くことがある。それらの調査、どうやって殺人を回避したらいいか、といったことは、惣時郎と水貴、三嶋の三人で話し合って決めることが多い。若い頃、惣時郎が一人で対応して、あとあと問題になりそうな対応をしてしまった反省からだった。

 とはいえ、今でも惣時郎が単独で処理することはある。たいてい、林次郎がらみの話だ。惣時郎しか事情を知らないものについては、いちおう、手帳に記録してある。


「まあ、そうですね。案外、私立探偵って忙しいんですよ」


 三嶋が、はは、と乾いた声で笑った。

 

「そうなのか」


 現一狼の声は疑いを含んでいる。三嶋が返事をするまでの奇妙な間と、忙しいという割に何の予定もキャンセルせずに、こうして伊勢までの道のりを運転していることに疑問を持ったのだろう。


「惣時郎。中野(なかの)先生のみやげは、ほんとうにそれでいいのか」


 急に水貴が話題を変えた。惣時郎は座席に置いた紙袋を見る。黄色い菓子の袋が、暗いトーン車内で目立っていた。


「うん。頼まれたものをそのまま買ってきたけど」

「それ、横浜でも買えるよな? そもそも東京みやげなのか」


 言われてみればそうだな、と思いつつ、惣時郎は中野の顔を思い浮かべる。


「まあ、みやげは本人の好みによるから。うちの辺りでは買えないことは確かだろう?」

「オレ、いつも中野家にはいかにも東京、ってものを買っていっているんだけど」

「ああ、おこしはやめたほうがいいよ。前は好きだったみたいだけれど、大先生がもう食べられないそうだ」

「そういうのは早く言えよ」


 惣時郎と水貴の口調は、学生時代と変わらない。だが、内容だけが、微妙に世間ずれしている。


「まあ……探しやすいみやげでよかったな」


 気まずそうな声で、現一狼が話題に加わった。

 惣時郎は後ろの座席を見遣る。


「探しにくいみやげを頼まれたことがあるのか」

「いや……前に檜家に行ったあとだけど」

「ああ」


 今度は、惣時郎と現一狼の間で、微妙な空気が漂う。

 惣時郎が高校生のとき、現一狼は檜家に滞在したあと、「(りゅう)」本部を訪れた。当時、彼は現一狼を継いだばかりで、「龍」本部を見てきて見取り図を書くという、きもだめしめいた課題を夢現(むげん)流から出されていたのだ。

 このことは、惣時郎と現一狼しか知らない。


「帰りに道場にみやげを?」

新井燦(あらいさん)先生に頼まれていたものがあって。好物だそうなんだが」


 新井燦、という名前に、水貴も振り返る。

 昭和の初めの頃に、当時の殺し屋だった(ひのき)(りん)次郎(じろう)が「龍」から連れ出した人物だ。頭領の跡継ぎ候補だったのに、病気のために見殺しにされるところだった。そこを、林次郎が「龍」を騙して連れ出したという。

 その新井燦の身元を引き受けたのが、夢現流だった。

 そのことは、檜家について一通り知らされている水貴も、三嶋も知っていた。


「好物っていうと、菓子か」

「うん。でも、先生も菓子の名前を覚えていなくて、白くて長くて、中にあんこが入っているなんて、わかるようなわからないようなことをいうものだから」


 惣時郎は現一狼の言葉通りに、菓子の姿を思い浮かべる。


「ああ、あれか」


 惣時郎、水貴、三嶋の三人が同時に声を上げた。

 現一狼がのけぞったらしく、座席がギシッと音を立てた。


「惣時郎たちはわかるのか」

「まあな。そういう菓子で有名なのがあるし。何だよ、俺に聞いていけばよかったじゃないか」


 現一狼に答えながら、名前を覚えていないというのは嘘だろうな、と惣時郎は思った。そのくらい有名な菓子だ。


「そうなんだが、当時は緊張していて、聞けなくてな。帰り道、名古屋までの道を北上しながら、なかなか見付けられなくて、苦労したよ」

「何だよ。好物なら定期的に買って送ろうか?」

「いや、先生は時々調子に乗るからな」


 うんざり、という口調だ。振り返ると、現一狼は車の天井を仰いでぼうっとしている。面倒ごとを頼まれたときのことを思い出しているのだろう。

2025年1月26日16:49 誤字直しました。

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