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【第一章 密室の扉】 (十一)中野

「あの、待ってください。僕は別に檜家の事件を暴きたいとか、そういう意味で来たわけじゃあないんです。おそらく、先代も」


 よどんだ空気を振り払おうと、現一狼は手をひらひらさせる。


「ただ死体を見に来た? 二代続いてか?」


 だが、渥は引かない。どう考えても引いた方がいいのに、と現一狼はいらだちを感じ、渥と(にら)み合いになった。



「四十年前の事件は、現一狼様が解決なさったのです」


 岩田が遠慮がちに言葉を割り込ませた。


「でも、うちの殺人で犯人が捕まったことはないはずだ」


 渥が岩田に視線を向け、怪訝(けげん)そうに眉を寄せた。


「ええ、そのときは『(りゅう)』という組織の仕業だと、現一狼様はおっしゃって、後を追って行かれました」


 思わず声を上げそうになるのをこらえる。今回「龍」と関係があるのは、例のマグネットと結城(ゆうき)自身の匂いから明らかだった。


 ――四十年前もそうとなると、檜家が「龍」の標的にされているということだろうか。

 

 現一狼は天井を見上げる。「龍」に狙われる理由が、先代現一狼とつきあいがあったからでなければよいが、と危惧(きぐ)する。

 

「何だよ、その『龍』って」

「暗殺集団だとか」


 岩田が顔をしかめる。


「なんでそんなのがうちに来たんだ」


 渥も迷惑そうな顔をする。


「わかりません」


 岩田が溜息をつくと、渥も黙り込む。


「死体は部屋の中ですか? 岩田さん」


 中野医師が沈黙を破った。

 どこにあるのか、とも言わない。


 ――知っているのだ。あの部屋で死んでいると。

 

 現一狼は言葉を選び、告げた。

 

「第一発見者は僕だと言っても間違いではありませんよ」


 渥が首を(ひね)ってこちらを向いた。しかし、中野も岩田も軽くうなずいただけで、何も言わない。


「不審に思いませんか」


 沈黙が流れた。渥は目を細めて中野たちを見守っている。

 現一狼は言葉を接いだ。


「僕はこの家の門をくぐる前から、死体があるとわかっていたんです」


 困ったように中野は岩田と顔を見合わせた。


「現一狼さんは、代々、殺された人の持つ血の匂いがわかる能力をお持ちなのではありませんか」


 中野の答えに、現一狼は目を閉じる。


 ――その通りだ。

 

 先代も、死体や殺人者の匂いをかぎ分けられた。現一狼である限り、代々、どうしても身につけてしまう能力だった。


「先代がそう申し上げましたか」

「ええ、当時、現一狼さんからそう聞きましたよ」


 そうだとしても、先代が現一狼の秘密の一つでもあることを、他人に説明したというのが意外に思えた。


 ――抜け目の一切なかった、あの人が油断するなんて。

 

「二十七代現一狼様は短いご滞在でしたが、本当に親切にしていただきました。惣時郎(そうじろう)様と親しくなられて、御一緒に伊勢参りに行かれたこともあります。そのときのお写真もございますよ」


 岩田が懐かしそうに言った。


「先代、写真を残しているんですか」


 あり得ないことだった。現一狼は立場上、広く顔を知られてはならない。先々代までは汚れ仕事もしていたというから、なおさらだ。先代も血の匂いがわかったのだから、いろんな人を殺しただろう。今の現一狼だって、跡を継いでからは修学旅行や体育祭など、写真が残りそうな行事では細心の注意を払ってきた。場合によっては休むこともあった。


「その写真、見ることができますか?」

「ええ、錦様が持っていらっしゃいますよ」

「わかりました」


 写真に写った先代現一狼は本物なのか、偽物なのか確かめる必要があった。


「ところで、結城さんはもう亡くなっているんですよね。じゃあ、先に錦様を()ましょうか」


 のんびりした口調で中野医師が言った。およそ、死体を改めに来たとは思えない態度だ。異様だった。死体に慣れているのも、現一狼を不審がらないのも。


「兄さんを優先してくれるのはありがたいけど」


 渥も居心地悪そうに、膝を揺すっていた。

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