【第一章 密室の扉】 (一)初雪
明け方に降っていた雪は、先ほどやんだ。
雪は積もらず、土の上の水分は氷じみている。
寒風が通り抜けた。
青年は、羽織の襟をかき合わす。
紺の羽織の中には白の着物。袴は縹色。
黒い足袋、黒い草履。
着物の中に着たハイネックのシャツも黒。
太陽が雲間からのぞき、湿った土が光を弾く。
小柄な青年のシルエットは、彼の艶やかな黒髪も相まって、暖かな白に染まる世界に取り残された影になった。
ただ、小さな金札のピアスだけが、朝日を受け止めた。
刹那、一筋の匂いが青年の鼻孔を突いた。
匂いの元を辿って、奥の道に視線を向ける。
国道から一本入った車通りのない道には、古い家が立ち並んでいた。
雨戸はどこも閉まったままだ。建物は黒く、凹凸が少ない。玄関の隣に格子のかかった覗き窓がある程度だ。
青年は、通りに入っていく。
辺りは小暗かった。
陽が斜めに屋根瓦をかすめて入ってくるものの、道には届かない。青年は太陽を見上げ、手のひらで目を覆うと溜息をついた。
――かつて、ここは伊勢に参る街道ではなかったか。
伸びをすると、羽織の袖が肩まで下がった。
袖は柔らかい墨色の髪に触れ、衣擦れを起こす。
次いで袴が冬の風を浴びて、ざわりと鳴った。
匂いが濃くなった。
街道から、人が一人通り抜けられるだけの小道が深く伸びている。
匂いは道の奥から青年を刺激していた。
青年は街道を横切ると小道に踏み込んだ。足音を殺して歩き、時折立ち止まって感覚を確かめる。
間違いない、と思うと同時に、青年は自分の身体から同じ匂いが立ち上るのを感じた。
――この先に、殺人者がいる。
道は続いていた。青年は頭を振り、足を早めた。
追わなければならなかった。
青年が探し続けている殺人鬼を。