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重なる陰謀

優秀な冒険者を輩出すればそれだけ上に評価される。

事実、コルベル連王国のジャックが『渡り鳥』を見出してから冒険者ギルドの内部にそういった風潮になりつつあった。

ただ若い冒険者は危うい。実力に見合わない依頼を受けてしまい大けがを負って引退せざる得なくなるケースや

ベテランに喧嘩を売って潰されるケースなどリタイアせざる得なくなるケースには事欠かない。

そういう背景もあってライラックの冒険者ギルドマスターはそこで三人の育成をボウラットに命じた。


ボウラットはライラックの冒険者ギルドの職員である。冒険者といしては二流どまりだったボウラット

若いころ彼は血気盛んで上昇志向の強い男だった。

だがその一方で自身の腕を過信し、弱気の仲間を腰抜けと嘲り、積極的に危険な任務をこなし、任務の後は浴びるほど酒を飲んだ。

その気質ゆえに仲間と心が徐々に離れていき、その結果仲間に裏切られた。

生死を彷徨うような経験を経て彼は変化する。それからボウラットは酒を断ち、毎朝鍛錬を欠かさなくなった。

ボウラットは常に人を計る。どんな時にどんな思考をするのか。その上で判断する。命を預けられるかどうかを。

それは仲間に裏切られた経験が彼を用心深くさせた。

その後、彼は紆余曲折を経て、ユニオン『黒の塔』に在籍することになる。


冒険者という死と隣り合わせの仕事を三十年以上も大したけがもなく続けてこれた。

冒険者という職業を止めてから資質を買われ、引退後、ライラックの冒険者ギルドお抱えの事務員に抜擢された。

これには『黒の塔』の後押しがあったともいわれている。


そんな経歴をもったボウラットは今回一緒になった一人の冒険者を計りかねていた。

ボウラットが掲示板を見ていたその冒険者に声をかけたのは偶然ではない。

彼がダガン兄弟に目をつけられていたからだ。


ダガン兄弟はかつてライラックを拠点としていた冒険者である。

ただその二人は実力はあったが、性格に問題があった。強欲で傲慢、その上、金への執着が異常なのだ。

もともとは二人ともスラムの出身である。数年前に拠点をライラックから移した後、定期的に拠点を変え活動を行っていたらしい。

冒険者は基本自由である。定期的に拠点を変えるのは珍しくはない。

だがダガン兄弟は移った場所で、分け前の分担でトラブルになり、揉めた上、

一人を半殺しにし、二人に重傷を負わせ金を奪って姿を消したという。

ダガン兄弟が姿を消した後、余罪が発覚。彼らがやってきた罪が次々に明るみに出ることになる。

その結果、ダガン兄弟は指名手配されることになった。風の噂では今では地下組織に出入りしているとも聞いている。


そんなダガン兄弟が獲物を狩る目つきで掲示板の前で仕事を探している冒険者を狙っているのを目撃し、ボウラットは目を疑った。

奴等に狙われたら並の冒険者でもひとたまりもない。

冒険者保護の観点からボウラットはその狙われている冒険者に手を差し伸べることになった。


ダガン兄弟に狙われていた冒険者の名前はユウといった。

初見で見た時その冒険者の印象は駆け出しの冒険者といった感じだった。


なぜなら声をかけた時に自らに対する警戒が全く感じられなかったためだ。

冒険者ギルドの内部とはいえ、多少は警戒するものだ。見知らぬ人間ならなおさらである。

さらにポーターという二日で銀貨一枚という金額を提示したそれをあっさりと受けた。


ただ一緒に行動を共にするにつれその考え方は徐々に変わっていった。

一言でいえば異様なのだ。今まで見てきたどの冒険者にも当てはまらない。

自身の感は素人だといっているが、荷物を運んでも全く疲労しているようには見えない。さらに異常といえるほどの感知能力。

事実、ワイルドボアを経験の豊富なはずのボウラットよりも早く見つけている。


だからこそボウラットは彼をつけていたダガン兄弟に直接会うことを選んだ。

なぜ彼らはあの男をつけていたのか気になったというのもあるし、それに二日も一緒にいれば多少の情がわく。

ボウラットはダガン兄弟を諫め、冒険者ギルドの職員として仲裁をするつもりだった。


ライラックの大衆酒場.昔と同じならばダガン兄弟はここにいるはずだ。

酒場には今日は普段は見かけないような柄の悪い連中が多くいた。

ボウラットは目的のダガン兄を見つけ、近寄っていく。


「ボウラットのダンナか」

大柄で小太り気味の男が店の隅で飲んでいた。ボウラットは強面だが、面倒見がいい。

ライラックを拠点とする冒険者で彼の世話になっていない冒険者は皆無といってもいい。

問題児だったダガン兄弟もその例に漏れなかった。


「俺にも一杯な」

ボウラットはウェイトレスに声をかける。


「久しいな。ダガン兄。弟の方は元気か?」


「ああ。今日、ここにはいないが元気さ」

ダガン兄弟は兄と弟と呼ぶようにしている。それというのも名がなかったためである。

スラム出身者は名前すらついてない者が多い。ちなみにダガンというのも彼らの出身のスラムの番地の名前から来ている。


「こうやっていると駆け出しの冒険者のころを思い出すな」


「ああ。他の冒険者とトラブルになったところをあんたが何度か助けてくれたっけな。

そのたびに酒場で俺らに諭してくれたよな」


「…ライラックに戻って堅気に戻ろうとかそういう感じじゃねえな」

ボウラットは何も言わずにダガン兄の横に腰をかける。


「あいにく様、俺たちはもう堅気に未練はないぜ」


「…俺がここに来た理由は知っているな。奴から手を引いてくれないか」

ダガン兄は値踏みするような視線をボウラットに向ける。


「あんたには恩がある。駆け出しのころに世話になったがそれはできねえ」


「あんな奴はどこにでもいるただの冒険者だろう?」


「どこにでもいるただの冒険者ならな俺らも目をつけねえよ」


「…どういうことだ?」

ダガン兄はボウラットの質問に間をおいて答える。


「…旦那には冒険者時代に世話になった。一杯おごるってくれるなら話してもいい」

にやりとダガン兄が笑いかける、


「…わかったよ。たく、薄給の俺に奢らせんなよ」


「それ以上に価値のある情報だぜ」

ダガン兄はにやりと笑みを浮かべる。


「もったいつけやがって。それでなんだ?」


「一週間前に白金大金貨が五枚、この港で金貨に交換された」

その一言にボウラットの表情が変わる。


「五枚…確かなのか?」

この港町ライラックで白金大金貨を交換することはできる。だが、誰もそれをしない。できないわけではない。しないのだ。

港町は狭いためにすれば誰がしたのかすぐに知れ渡ってしまう。

港町ライラックのあるベルン共和国は長く政情不安が続いており、そのために大小さまざまな裏組織が幅を利かせている。

そのために裏組織は肥大化し、中には領主や警官隊までも手を出せないものになっている。

金を持っていることを知られでもしたらごろつきや盗賊たちが付近から集まり、狙われる。

餓えた野犬の群れの中にエサを放ることと同義なのだ。


「キリーズ商会の下っ端を脅して確かめた。およそ一週間前に持ち込まれて交換されたのは確かだ。

金貨五千枚を周囲の商会からかき集めた裏も取ってある」

ダガン兄の話にボウラットは生唾を呑み込む。


「…白金大金貨を手に入れるのは王族かどこかの大商会の御曹司でも難しいぞ」

そもそも白金大金貨は個人が所有できるような代物じゃない。

一枚で金貨一千枚のもの値がつくのだ。おおよそ普通の人間が生活する分には縁のないものである。


「こっちの界隈はその話で持ち切りだ。そのせいで俺たちと同じような連中がライラックに集まってきてる。

一攫千金のチャンスだってな」


「馬鹿が…ここを戦場にでもするつもりかよ」

ボウラットが渋い顔を見せる。同業者というのはマフィアやそれに近い裏の組織の人間である。

ライラックは地下組織が強い。争いにならないのはお互いのシマに不干渉という暗黙の取り決めがあるからだ。

もちろんそれを破る流れ者もいるが、そういった手合いはたいてい痛い目にあってこのライラックを後にする。


「大商人やどっかの馬鹿王子ならありえるんじゃねえのか?」


「ところがそれを持ってきたのは大商会の御曹司でもどこかの王子でもなく一人の男なんだとよ」


「一人の男…」

ここまで話を聞いてボウラットは今日まで一緒にいた男に思い至る。ダガン兄弟の着けていた一人の男。ここにやってきた理由。

だがボウラットにはその男がそんな大金を持っているようには思えなかった。

ダガン兄はボウラットのその表情をみて笑う。


「…ガセじゃねえのか?そんな大金持ちなら銀貨一枚のポーターとか絶対に引き受けねえだろう。

少なくともあいつはそんな億万長者には見えなかったぜ」

ボウラットは懐疑的な視線をダガン兄に向ける。


「俺らも一緒さ。見た感じからしてとてもじゃねえが信じられねえ。だから裏付けもいくつもとってる。

あんたの目を欺けるほどの猫をかぶっているか…だ。なんにせよ明日の朝になれば分かることだがな」

ダガン兄は楽し気にジョッキの酒を飲み干した。


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暗闇に包まれた中、ライラックの街の光が煌々と輝いている。

港町ライラックを見下ろす丘の上に二人の人影があった。


「私をこんな場所に呼び出してどういうつもりだ」

明らかに険を含んだ声色で片方がもう一人に対し問う。


「まもなくイストバーンの魔の森でアレが起きるのはあなたもご存じでしょう」


「…知っている。だが我々に人間の社会とのつながりはない。それにもうすべてが遅い」


「現状この海域の最も近しい場所にいるのは軍神です。彼女の持っている部隊ならばアレに対して十分に対処可能でしょう。

その軍神におびき寄せることを考えております」


「…貴様…何を餌に軍神をおびき寄せるつもりだ?」


「遠方の海より黒い悪夢を」


「…まさかアレを…貴様、正気か?この港町を滅ぼすつもりか?」

その者の口調に非難が混じる。


「少々骨でしたがエサならもう仕込みは終えてあります。明日の昼前には到着するでしょう」


「貴様はっ」

怒気のはらんだ声が周囲に響く。


「あなたはこの国よりこの港町を取るべきだと?我々の本分は選択し導くこと。選択するということは切り捨てるということ。

それは誰よりもあなたがご存じのはずだと思いますがね」

二人は無言でにらみ合う。


「貴様の用意周到さに反吐がでる。…好きにすればいい。私を呼び出した理由はこれだけか」


「ええ」


「ならば私は帰らせてもらう」

一人が頭をさげると人影が消え去る。

その丘の上に一人残された男はライラックを見下ろし、薄い笑みを浮かべる。


「あなたこそわかっていない。我々は万能ではありませんし、無限に力があるのでもないです。

たとえそれがどれほど残酷なものだろうと選ばねばならないのですよ。

ライラックの方々には悪いですが、人類の未来のために犠牲になってもらいましょう」

その人影はそう言い残し最後の男が消す。


その翌日、正体不明の古びた船が港町ライラックにやってくる。

それがライラックを揺るがす大事件の幕開けとなった。

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