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報酬と対価

グランボアの解体が終わった後、ボウラットは怒り心頭といった感じで村の人間に抗議に向かった。

俺たちの前でボウラットはギルド職員という身分を明かし、グランボアを隠ぺいしていたことを激しく糾弾。

恐ろしい剣幕でもし報告をすればこの村にペナルティが課せられるなどとさんざん脅した。

村人たちはこれに震え上がり、冒険者ギルドへの報告をしないことを条件に、村人に二度と虚偽の報告をしないことを誓わせ、

解体したグランボアとワイルドボア二体を運ぶための荷馬車と御者を借りれることになった。

終ったあとボウラットが俺たちだけに見えるようにやったぜというジェスチャーをしたのは印象的だった。


ちなみに後でボウラットはもし死人が出ていたら、

冒険者ギルドの総力を挙げて本気で村を潰していたかもしれねえと笑顔で話していた。

ボウラットさん、いろいろと怖いって・・・。


荷馬車を借りれたおかげで出発は遅れたものの、討伐のあった日の夜にはライラックに戻ってこれた。

荷馬車には氷魔法で氷漬けにされたボアの肉が積まれている。ギルドを通して肉屋におろせば結構な値段になるらしい。

ワイルドボアだけと聞いたときは輸送のコストが割に合わないので村に分けるつもりだったようだ。


「さて、今回の分け前だ。グランボアの討伐も加えて多少イロをつけてある」

ボウラットの声に新人の三人から歓声があがる。

ボウラットはそれぞれに金をもって近づいていく。


「ハルはもう少し愛想を覚えろ。自己を律するのには秀でてるが、大物の討伐は個人ではできないし、役割分担が重要になる

肩肘はってるだけじゃ損するだけだ。もう少し周りと合わせねえとそのうち頭打ちになるぞ」


「…」

ボウラットの指摘にハルは渋い顔を見せる。ボウラットは次にレイチェスに金を手渡す。


「レイチェスは命のやり取りの経験に関しては三人の中で一番ドベだ。その上、人より感情のふり幅が大きい。

技術以前に場数を踏んで感情をコントロールするすべを覚えることだ。

冒険者は咄嗟の判断が生死を分けるときもある。その時に正しい判断をとれるようになれ」


「…」

レイチェスは口をすぼめてそれを聞いている。

内心は反発しているものの、それを受け入れている様子。


「カータは守りだけにとどまらずにカウンターも覚えるべきだろう。

冒険者の相手は人間だけじゃねえ。今回みたいに人間の力だけじゃどうしようもない相手と出会うこともある。

そのときに自分がどういう立ち振る舞いをするのかをイメージし、訓練するといい」

カータは小さく頷く。ボウラットはカータの首根っこを引き寄せて耳元でささやく。


「魔法使いってのは希少でな。さらにランクも高い奴が多くて、金にならねえ討伐にはほとんどついてこねえんだ。

中には大型の魔物専用だけに特化した奴らもいるしな。お前はあいつを手放しちゃなんねえぞ?」

ボウラットは小声で茶化すようにカータに言い、カータは顔を真っ赤にしてあからさまに動揺する。


「?」

レイチェスは首を傾げる。俺は耳がいいので今のやり取りを丸聞こえなのだけれども。

ボウラットはパンパンと手を叩く。


「三人とも少しはましな顔になったじぇねか。それじゃ、解散だ。

せいぜいここでの経験を糧にして一流の冒険者になってくれ」

ボウラットがそういうと三人は頭を下げお礼を言う。ここで解散らしい。俺はまだ報酬をもらってないわけだが。

ボウラットに視線を向けると俺に対してこっちにこいと指先でジェスチャーをしている。


「ほら、報酬だ。今回の報酬本当に銀貨一枚でいいのか?」

ボウラットは物陰に入ると俺に銀貨を手渡してきた。

ボウラットがそういうのは少し報酬を上げてもいいことを帰り道に持ち掛けられていたが、俺はそれを固辞していた。


「ええ。そういう約束でしたし、そもそも俺が冒険者カード忘れたのが原因ですしね」

俺は苦笑いを浮かべる。

そもそも冒険者ギルドに登録したのは旅の賃金を得るためであって、今現在旅をする上での金に困ってはいない。

今回依頼を受けたのは金銭目的ではなく純粋に興味からである。

一般の冒険者たちの在り方をみることができただけでも十分に収穫はあったと思う。


「本当に分かんねえ奴だな…」

俺の返答に難しい表情を見せる。


「俺も冒険者歴は長い。いい奴も悪い奴もずいぶんと見てきた。

冒険者ってのは人の掃きだめでもある。つまりはどこの組織にも属することのできなかったならず者の受け皿だ。

もちろん中には理想や夢を抱いて飛び込んでくる人間もいるがな。大抵は過酷な現実を前にすぐに挫折しちまう。

俺はいろいろとあったが運よくユニオン『黒の塔』に拾われた。そこでそれなりに訓練を受けてどうにか生き延びることができた。

もちろん死んでった奴もいるが、俺たちは少なくとも人として生きることができた。

恩返しってのは柄じゃねえ。柄じゃねえが少なくともこういう形で還せんなら悪くねえと思ってる」


「素晴らしいことだと思います」

ボウラットは人を育てることで自分の受けたものに報いようとしている。

そのボウラットの生き方は尊いものだと思う。


またボウラットがファイたち『黒の塔』の関係者だと聞いて俺はちょっと驚いていた。

ファイたちは冒険者にとってみれば先達であり、その指導を受けたことで生き延びていると言っていた。

人というのは一面では判断できないものだなと思う。

セリアがさらわれた時、終始怒りに任せて行動していたとしたら、

ボウラットと敵対することになっていたかもしれないと考え、少しだけ安堵する。

人と人はどこでつながっているかわからないものだ。


「で、お前は何をやらかした?」

おもむろにボウラットが俺に聞いてくる。


「?」

まったく心当たりのない俺はボウラットの問いに首を傾げる。


「お前はこの界隈でもきっての冒険者崩れの問題児ダガン兄弟に目をつけられてた。

奴等は儲け話の臭いにはひどく鋭い。何か心当たりはないか?」

ボウラットの言っているのは街中を歩いていても執拗に俺を付け回すように離れなかった視線のことだろう。

自分たちことは隠してあるし、このライラックの港町にはそんなに長く滞在していない。

俺個人にそんな危険な連中に付きまとわれる理由など考えられない。


「なるほど。つけられていたことには気づいていたが、理由は思い当たらないか。誘ったのは大きなお世話だったかな」

ボウラットはぱんと自身の頭をなでてつぶやく。俺の微妙な表情から察した様子。


「俺はそれに興味もねえし、それであんたをどうこうしようってつもりもねえよ。

ライラックは港町ってことでいろいろな冒険者が行きかう。

あんたのことは悪い奴には見えなかっし、冒険者がトラブルに巻き込まれるのを黙って見過ごすのはちょっとな。

それで今回つい誘っちまったわけだ。要らぬおせっかいだったな」


「いいえ、いい経験ができました」

普段は味わえないような面白い体験ができたと思う。

俺の穏やかな表情にボウラットは気をよくした様子。


「そうか。俺も若いころはずいぶんやらかしたもんだ。

それとな。お前はもう少し胸を張れ。相手にへりくだるな。冒険者はなめられたら終わりだ。

冒険者を続ければこの先大変なこともあるかもしれねえが、大変な思いをしたことほど後で笑い話になる。だからがんばれよ」

ボウラットは俺に銀貨を押し付けてくる。最後にボウラットからどんと背中を叩かれそこから離れた。

最後のは俺に対しての激励のようなものだろう。


ボウラットは組んだ相手をよく見ろと言っていた。

つまりは見られていたのは新人だけではなく、俺のことも例外ではなかったようだ。

久しぶりに人の温かさに触れられたような気がした。



宿への帰り道、俺は屋台で食事を取り、とっていた宿に帰る。

大の字になってベッドに寝転がる。何もない宿屋の一室。荷物は一切おいていないが戻ってきた感じがする。

今日の討伐を思い出す。実のところワイルドボアのほかにグランボアがいたことは気づいていた。

俺が言う前にボウラットに移動するように言われて何も言えなかった。


「なんだかんだ介入して正解だったな」

実のところ、グランボアの討伐において俺はこっそり介入していた。

介入した行為は二つ。一つは始源魔法を使ってカータの周りに薄い空気の膜を張って怪我するのを防いだこと。

もう一つは投石をグランボアの左膝に当てて転倒するように差し向けたことである。

ちなみに投石に使った石はぶつかった衝撃で粉々に砕けていて残ってはいない。

実際にハルがグランボアを不審な目で見ていたが、気づいてはいないようである。


「うまくやれたというべきか」

別に名前を隠していたわけではない。ただ、一度言いそびれてしまった手前、言い出しずらかったのと

言い出すタイミングを逸してしまったというのが大きい。


ふと、俺はここでボウラットがグランボアの前に立ちはだかったときのことを思い出す。

ボウラットが身を挺してグランボアの前に立ちはだかったのには驚いた。

新人を守るためなのか、責任感からくるものなのかはわからないが、自身の身を凶暴な魔物の前にさらす。

もし自分が人間で同じ立場だったら逃げ出してしまうかもしれない。そういうことが実際にできることを純粋にすごいと感じた。


自分の命よりも他者や使命を尊重するその姿勢に敬意をもてる。

それに今回誘ってきたのは性質の悪い人間たちにつけられていた俺を心配してのことだったようだ。


グランボアがいることを言わなかった理由としては脅威に感じなかったというのもある。

実際にサルア王国にいたころにあの大きさのものは何度か遭遇しているし、

あのぐらいのグランボアならばうちのメンバーならなら当然のように一人で倒している。

自分たちにしてみれば当たり前のことだ。

それは一般常識とはかけ離れたものだと今回改めて思い知らされた。

『渡り鳥』のパーティメンバーが異常だということを俺は再認識する。


「物差しが壊れてるなあ」


明日にはセリアとエリスと合流の予定だ。二人をねぎらうために明日行く食事の店を考え始める。

その時は俺は明日ライラックで前代未聞の大事件が起きるのかを全く想像もしてなかった。

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