新人の冒険者たち
俺はボウラットに誘われ、冒険者を教育している一団のポーターをすることになった。
ボウラットはライラックの冒険者ギルドの職員らしい。
スキンヘッドでいかつい顔で身長はオズマぐらいあり、服の上からでもしっかりした筋肉質の肉体がわかる。
ギルド職員らしいが、その身のこなしから日ごろから鍛錬しているような感じがする。
冒険者パーティは俺を含めて五人。引率役であるボウラットと彼の引率する三人の新人冒険者。
休憩の最中に聞いた話では冒険者ギルドはこういうことは本来あまりしないらしい。
今回行うことになったのは特例的に新人の冒険者の将来性を考慮してのこととのこと。
ちなみにボウラットからは真剣に今のうちにごますっておいた方がいいぞと二人きりの時に忠告されている。
その期待の新人とやらの一人目はおさげの女魔法使い。名前をレイチェス・アートウェイと言っていた。
華奢で、魔導士とわかるような黒っぽいローブを羽織っていて、いつも腕を組んでいる。
髪は赤身がかかっていて目鼻立ちはきっちりしていて気の強そうな美人である。
馬車の中でカロリング魔導国にいた時のことを自慢げに話していた。
何度か話しかけてもこちらのことは無視してきた。どうもポーターである俺のことを見下している感じがする。
俺としてはその辺は気にしてはいないが。
これから向かうカロリング魔導国の情報を収集しておきたかったが、ちょいと聞けなかったのは残念だ。
もう一人は戦士。カータ・トルバヌス。整った顔立ちというよりは優し気な感じである。
細目で角刈り、がっちりとした体格で鎧を着こみ、盾を背負っている。レイチェスとは幼馴染らしい。
もともと騎士の家の三男坊で警備隊に見習いとして所属していたらしいが、レイチェスに声をかけられ冒険者になったらしい。
と二人でいることが多く、レイチェスの尻に敷かれてるといった感じである。
身長は俺よりちょいと大きいくらいだが、肩幅や体格が全く違う。体幹もぶれないし、相当訓練してるのが見て取れる。
気さくに話しかけてきてくれるし、集団生活が長かったためか礼儀正しい。
新人の中ではもっとも話しやすく、人間的にできてると思う。
最後の一人は剣士のハルである。冒険者は訳アリも多く、苗字がないのは珍しくないらしい。
長い黒髪を頭の後ろで束ねた色白の美少年。自己紹介以降、俺とは視線も合わせてこない。
剣を抱いて俯いて何かぶつぶつと独り言を言っている。ただ手にした剣の柄はどこかで見た気がする。
ただレイチェスのように俺を見下しているというよりは、彼からはどことなく張りつめた空気を感じる。
抜き身の刀のような感じといえばわかるだろうか。傍から見ればおかしい人でちょっと近づきたくない雰囲気がある。
ボウラットからはすでに冒険者ギルドの依頼の魔物退治も数件こなしているという話も聞いた。
ちなみに俺は自己紹介の際にユウとだけ名乗っている。
ポーターの俺にはそれほど関心はないのかカータ以外の二人は気に留めなかった。
まー、俺は討伐に関係ないし、別にいいけどさ。
向かったのは港町ライラックから南西に延びる街道をしばらく進み、少し東に逸れた場所にある村だ。
馬車の定期便を使い途中まで行き、そのまま徒歩で移動する。
日が傾く前に討伐の依頼を出したという村に到着する。
俺たちは丁度良く空き家があったので、そこに荷物を置くと二手に分かれることになった。
夕飯の準備をするチームと魔物の聞き込みを行うチームだ。俺とカータは夕飯を準備するチームに。
ボウラット、レイチェス、ハルは魔物の聞き込みを行うチームにとそれぞれ分けられた。
俺から見ても人付き合いの下手そうな人付き合いとか学ばせたいんだろうなと。
かなりぼろぼろの家で住んでいた人間はかなり前にいなくなっているとのこと。屋根があるだけでもずっといい。
俺とカータは掃除して、火を起こして料理を作った。その辺はセリアと一緒にやってきたからわかる。
俺は既に冒険者になって一年になる。動きは手慣れたものである。
カータも警備隊で野営などの訓練を行っていたらしく阿吽の呼吸で準備を進めることができた。
「細身なのにあんな荷物をもってタフですね。あ、別にガタイがどうとかいうつもりはなく…」
余裕ができたころにカータが語り掛けてくる。カータとはちょっと仲良くなった。同じ低姿勢で何となく気があう。
「構いませんよ。こんななりでも冒険者としてやっていると慣れるものですよ」
苦笑いを浮かべ俺は語る。人間よりも力があるのは種族が違うからだ。
「そういうものですか?…ところであなたは冒険者にどうしてなったのですか?」
「食うためですね」
嘘は言っていない。この世界はそれぞれにギルドが存在し、稼ぐ手段は限られている。
その上旅をしながら稼げるとなると冒険者ぐらいしかない。
冒険者ギルドにはどぶさらいや手伝いまで魔物討伐以外の稼ぐ手段が豊富にある。
それらを整えたのは魔物の討伐の際に大きな怪我をしてしまった人間たちへの救済目的だったらしいが、
今では稼ぐ手段の限られた子供たちもやっているという話を聞く。
「カータさんは警備隊で働いていたのにどうして?」
「私は幼馴染に誘われたので…」
「幼馴染って…レイチェスですか」
「ええ…まあ」
少し照れながらカータ。その状況にちょっとなっとくする。俺は肘で軽くカータをつついた。
「野菜を分けてもらったわ」
カータと話しているとレイチェスが野菜を抱えて、自慢げに声を上げて家に入ってきた。
俺とカータはタイミングの良いレイチェスの帰宅にちょいとどきどきものである。
「これでわかっただろう。交渉ってのがどれだけ大切かを」
女性のシーリスを同伴させたのは交渉に行ったのは怖がらせないためと、そちらの方が受けがいいということらしい。
ボウラットがそういう細かい気配りができることにちょいと驚く。
「ええ」
レイチェスは上機嫌で頷く。気位の高いレイチェスのことを完全にコントロールしてる。ハルも背後で頷いている。
俺はボウラットは猛獣使いと心の中のメモ帳にメモっておく。
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夕食後、村人からの聞いてきたことをボウラットらが報告する。魔物は三週間前から出没しているらしい。
魔物の姿は何度か村人が目撃しており、複数の個体の報告があったとのこと。
村人の話によれば明け方付近に目撃情報が集中していて、仕掛けていた罠が二つとも壊されていたとも聞いた。
報告により大体の場所は絞られ、一か所だが襲われた場所の足跡の確認も行った。
ボウラットの話では足跡は二種類あり、足跡の大きさ、目撃情報からワイルドボアで間違いないボウラットは結論付けた。
ボウラットの話ではワイルドボアの生態から明日も同じ場所に出没する可能性が高いという。
なので明日の朝、日の出前に出没している場所で待ち伏せするということが決まった。
傍から見ていた俺はやってることは冒険者というよりは山の猟師みたいだなーと感じてた。
正直なところ俺のパーティではこういう狩りはしたことがないから新鮮である。
少しでも多くのことをボウラットたちから吸収したいなあと思いながらそれを聞いていた。
それというのも道中で向かって来る魔物や盗賊を倒したりするのがほとんどだったためだ。
少し前まではエルフの先祖返りであるセリアを狙って盗賊とか続々とやってきているし、
Aランクになった後は後で大きな仕事が立て続けに入って稼ぐ必要もなくなっている。
戦闘狂になりつつあるエリスが勝手に魔物を倒して魔石を狩っているのも大きい。
旅の旅費を稼ぐという目的のために冒険者ギルドに入って、必要以上に稼いでいる。
「明日は私の魔法でやっつけてあげるわ」
得意げにレイチェス。
「…ああ」
ボウラットは歯切れの悪い返事を返す。
「ひとまずこれで終わりだな」
ハルがそういって剣をもって立ち上がる。
「…どこへ行く?」
「訓練を」
「旅の間は訓練はなしだ。旅の間は何があっても対応できるように常に余力を残しておけ。
それに仲間同士でコミュニケーションをとるのが大事だ。
それにギリギリの戦いになった場合、どれだけ相手を理解しているかでとれる選択肢が変わる。
敵は目の前にいる魔物だけとは限らねえ。背後にいることだってある。
警戒を怠らず、本当に仲間が信頼できる存在なのか、背中を預けられる存在なのかを常に観察しろ」
「…はい」
ボウラットの言葉にハルはその場にしぶしぶ座る。ハルっていう人は何かしら追われているような印象を受けた。
それが何かはわからないし、知るつもりもない。
この時、俺はこのハルという人間にさほど関心をもっていなかった。
「お前の剣の腕は認める。ぶっちゃけ剣術の腕だけなら俺でも勝てねえ。
レイチェスもそうだ。魔法の才能のあるお前ならCランクはすぐに到達できるだろう。
だが俺から見れば冒険者として三流もいいところだ。おめえらは人の悪意を全く理解してねえ。
冒険者ギルドは人の掃きだめでもある。もちろん盗賊崩れの奴や、元罪人の奴もいる。
悪質な冒険者と組めば騙されて売られる場合も十分にあり得るし、
分け前を増やすために背後から撃たれることもよく聞く話だ」
ボウラットが深刻な顔で言うとレイチェスは少し顔を青ざめる。
レイチェスは魔法の才能があったことで幼少期から魔法学校で過ごしたみたいだし、
暴力とは無縁のところで生きてきたのだろうとも思う。俺も人のことは言えないが。
「ま、冒険者がそういうのに巻き込まれないために俺ら冒険者ギルドってのが存在してるわけだけどな。
ただ、大規模な討伐ってのにはどうしても人と一緒にやらなくちゃならねえ。
それで若手が上級者に突っかかって潰される話はよくある話だ。この業界は仲間を信頼できるかどうかだ。
つまるところ信頼できる仲間に巡り合えるかなんだがな。そこら辺は運だろう」
ボウラットはそう言って酒の瓶をくいっと飲む。
ボウラットの言い方は筋が通っているし、彼の経験に基づいたものだ。
ボウラットの言葉に俺は仲間であるセリア、オズマ、エリス、クラスタ、アタのことを考える。
こっちの世界にきて自身がどれだけ恵まれた場所にいたのか改めて理解する。
少なくとも彼らと一緒にいて孤独を感じることはなかった。
「おい、カータ。なんか質問とかねえか?なんでもいいぜ?」
ボウラットが深刻な場の空気を嫌い、カータに話を振る。
「最近、コルベル連王国でいきなりAランクに引き上げられた冒険者がいると噂で聞きました。
それは本当のことなのですか?」
「ゲフン、ゲフン」
俺はカータからいきなり俺たちの話題が出てきたことにちょいとむせた。
コルベル連王国からかなり遠く離れた場所までやってきた感があるが、ここまで噂が流れているらしい。
「…ああ。本当だ」
ボウラットは神妙な顔で頷いた。
「それなら私たちもAランクぐらいまでならすぐになれるんじゃないかしら?」
「そんなに早く上がるかっての。それにお前らじゃまだまだ経験が足りねえっての。
仮に上がったとしててめえらじゃ、横の冒険者の妬みを買って潰されるだけだろうよ」
ボウラットのぶっきらぼうな物言いにレイチェスは口を尖らせる。
「言っておくがAランク冒険者以上は理外の戦い方をする。それも力が強いってだけじゃねえ。
とてつもなく感が優れている奴や、訳の分からねえ秘伝の技術を持ってる奴もいる。
奴等と同じような真似をできる奴はそうそういねえよ」
ボウラットの言葉に俺は心の中で同意していた。
冒険者チーム『黒豹』に俺は気配感知をすり抜けられているし、
冒険者チーム『ガルトハンマ』は大砲みたいなものを使用してた。
あの二つの冒険者チームには並の冒険者では太刀打ちできないだろう。あれがAランクなんだと思う。
「ボウラットさんもAランクだったんですよね」
「俺の場合はただの箔付けみたいなもんだ。ただ真面目に二十年以上冒険者を地道にやったからな。
上がるって話を出したら冒険者ギルドの職員になるのを条件にBからAに上げられた。
言うなら冒険者ギルドのお情けみたいなもんだ」
「ねえ、ライラックの冒険者ギルドでもAランクまで一気に上げることができるの?」
「うちじゃそんなことはできねえよ。ギルドマスターの権限を使ってもせいぜいBまでだ。
ただキャバルの冒険者ギルドは事情が特殊でな。コルベルの統括がギルマスやってるからな」
「統括?」
「統括っていうのはギルドマスターの上の権限を持ってる奴でその地方のギルドマスターのまとめ役さ。
コルベルの総括の名はジャック・リート。元Aランクで、現役だったころは『暗閃』のジャックって二つ名があった凄腕の男だ。
数年前に引退した男で巨大ユニオン、ブルースフィアの元幹部。それだけあって目利きも相当なもんだ。
独自の情報網をもち、噂では私設部隊を持ってるとも聞く。
『黒の塔』に対抗するために王国側がブルースフィアに頼み込んで来てもらった経緯がある。
奴が権限使って上げるのに誰も文句言う奴はいねえよ」
「そんな人が言っても実績ないのにそんなにポンポン上げていいの?」
レイチェスが納得のいかない声を上げる。
「実力のない奴をポンポン推薦するわけがねえ。それにその冒険者チームは実際オークの発生も初期段階で食い止めたとか、
焦げ付いてたサウルスリザードの討伐とか単独のチームでこなしたらしいぜ。
それにお披露目で東方から来た竜騎士と対戦して勝利したとかな」
酒に口をつけながらボウラット。
「…竜騎士と?それはすごいですね」
カータが感心したように声を上げた。
「竜騎士というのは?」
ハルが横から質問してくる。
「竜騎士っていやあ、東方の竜王国の竜人だ。竜と人間の混血と言われ、竜気を身にまとい、人の数倍の力をもってやがる。
一騎当千とか言われる。ただの人間じゃ束になっても勝てやしねえ」
「そんなのと対戦して勝利するとか同じ人間とは思えませんね」
カータの声にボウラットは黙り込む。
「…上を見るのはいい。上昇志向は実力の向上にもつながる。上昇志向のない奴らじゃ上には決して上がれねえ。
ただ足元も見ないといつか足元を掬われて痛い目をみるぜ?
さて、おしゃべりはここまでだ。明日は早いし、もう寝るぞ」
ボウラットがそういうと部屋の隅で横になる。
新人たちもボウラットに倣ってそれぞれ横になった。
明日はどんな狩りが見られるのか、俺は明日のことに少し期待しながら目を閉じる。