上位者の戦い方
冒険者たちを統率しているのはボウラットである。
前衛には盾を構えた戦士たちが構える。後方には弓兵と魔法使いが交代で入っている。
即席ながらもどうにか戦線を維持できているのはボウラットの指揮がうまいからだ。
「撃ち続けろ」
十人のの魔法使いが炎の魔法を撃っていた。ライラックに存在する魔法使いをかき集めてきたのだ。
レイチェスもまたその魔法使いの中で魔法を使っていた。
あの魔物は火を嫌っているのはわかる。だが、怯ませるだけで全くダメージを与えられていない。
ただ炎の魔法を止めた瞬間、相手を引き留めるものはなくなる。容赦なくこちらに襲い掛かってくるだろう。
かといってレイチェスたち魔法使いたちには決め手がない。
火力が圧倒的に足りないのだ。レイチェスの見立てでは傷を与えるには七階梯以上、戦術級以上の魔法が必要になる。
単独でそこまで到達できる魔法使いはカロリング魔導国でもほんの一握りだ。
また複数集まって威力を高める手段はあるが、即席のチームでできる手段ではない。
よってレイチェスたちは足止めするだけで精一杯である。
さらに悪いことに現状、レイチェス自身の魔力残量はもう半分を切っている。
レイチェスはカロリング魔導国の中でも優秀な部類に入る魔法使いである。
ライラックにいる他の魔法使いたちの魔力残量はレイチェスよりも深刻だった。
交代で魔法を使っているが、すでに何名かが脱落している。
「どうしよう…」
レイチェスはボウラットに視線を飛ばすも、ボウラットもまた険しい表情である。
討伐が不可能ならば撤退も視野に入ってくる。人を食料とするのならば、街から人がいなくなればいい。
その場合、問題になるのはどこまで住民の避難が完了しているかだ。
ボウラットは撤退の号令のタイミングを慎重に見計らっているようにレイチェスは感じた。
そんなギリギリの状況で、レイチェスの目の前では石が形を成していく。
「何?」
突然のことにレイチェスたち魔法使いたちは魔法を止め、それに目を向ける。海魔獣も何事かとそれを見つめている。
岩で作られた人のカタチをしていた。魔法で作られた岩の巨人。三階建ての建物の高さはあるだろうか。
皆がボウラットを見るもボウラット自身も何が何だかわからないといった表情である。
岩の巨人はゆっくりと海魔獣に覆いかぶさるように向かって来る。
一歩踏み込むと海獣はそれを敵と認識し、無数の触手を飛ばす。
無数の触手にも岩の巨人は怯まない。岩の巨人は海獣につかみかかる。
一進一退。岩の巨人と獣はその場で
岩の巨人がその体で海獣の進行を食い止めている。
レイチェスはそれを見て戦慄していた。規模や精度から考えてそれは七階梯以上。戦術級に届く代物。
自分では作ることはかなわない。自身よりも格上の魔法使いが作ったもの。
カロリング魔導国でもこの規模の魔法を単独で使えるのは『炎帝』ポテン・リークハインと七聖と一部の上級者だろう。
「…一体誰が…」
一人の少女が後方から歩いてくる。その姿にそこにいる皆の視線が集まる。
肩まである金色の長い髪をたなびかせ、清楚な白の基調のローブを身に着けている。
エルフの先祖返り。彼女はその現実離れした容姿と相まって女神のようにも見えた。
「あんたは?」
「セリアと言います。戦線に加わります」
そういってその少女は頭を冴えると、首にぶら下げた金色の冒険者カードをちらりと見せる。
金の冒険者カードにその場にいた冒険者たちは圧倒された様子。
レイチェスはカータから冒険者チーム『渡り鳥』の話を聞いたことがあった。
コルベル連王国でAランクになった新進気鋭の冒険者チーム。
まさかこのライラックでそのメンバーを見ることになるとは思ってもみなかった。
「Aランク…まさか、『渡り鳥』のセリアか」
ボウラットがセリアに話しかける。
「ええ。あなたがリーダーですか?」
「ああ、そうだ。この場所を仕切らせてもらっているボウラットという」
「よろしくお願いします。ところで一つ聞きたいのですが。海流が激しくなる場所はどこからですか?」
セリアは指揮をしていたボウラットに問いかける。
「…?ああ、海流か。あの灯台の向こうから海流が激しくなる」
「聞こえた?灯台の向こうだってさ」
ヒト型に切られた紙に向かってセリアは語り掛ける。
「おい、あんたどうするつもりだ?」
「海魔獣は体内に多くの魔素を保有しています。
あれをここで倒したとすれば魔素はこの土地を汚染し、ライラックは人の住めない場所になるでしょう。
ですから潮の流れの激しいところまでアレを吹き飛ばして倒します」
「…確かにな…だが、そんなことが可能なのか?」
ここで岩の巨人が海魔獣に押され始める。
セリアは背を向いて岩の巨人と海魔獣の方を向く。
「…やっぱりこの規模だと制御が難しいか…」
セリアはつぶやくとセリアの周りの魔力密度が跳ね上がる。
「…私が合図したら一斉にアレに魔法を放ってください」
セリアは言い残し、魔法に意識を集中させる。
ボウラットは少しだけ呆然するもすぐに我に返る。
「希望が見えてきやがった」
ボウラットはにやりと微笑むと、唖然としている冒険者たちに指示を飛ばした。
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俺は息を殺し、海獣の足元の残骸に潜んでいた。
幸い海魔獣はセリアの作った岩の巨人と取っ組み合っており、こっちまで意識を向ける余裕がないようだ。
また冒険者たちからも死角になっているのもいい。
目の前ではどしんどしんと岩の巨人の足が地面を踏みしめている。普通の人間が踏みつけられれば即死だろう。
足止めしてほしいと言ったけど、セリアが魔法でこんな巨大な巨人を作ったのにはびっくりした。
目の前の戦いはまさに怪獣戦争である。
俺は人型に切られた紙を通してセリアからの報告を受ける。
人型に切られた紙は無線のようなもので、互いに言葉を交わすことができる。
「了解」
やはり灯台の向こうから海流が強くなる場所らしい。
俺は左手の『黒い腕』を変化させる。この『黒い腕』は『極北』の魔神ゼロスからもらった義手である。
この腕は思い通りのモノに変化させることができるというもの。俺がイメージするのはゴム。
弾力があり、絶対に切れないゴムの腕。腕を変化させ、触ってみて大丈夫か確かめる。
ゼロスがくれたものだから信頼はしているが、作戦の肝になるし、途中で切れてしまっては作戦失敗である。
(…これなら大丈夫そうだな)
俺は争っている岩の巨人と海獣の足元に移動し、黒い腕を伸ばす。
それを海獣と岩の巨人の真ん中を通り、対面にいるエリスが俺の黒い腕を受け取る。
エリスが受け取ったことを確認し、俺は腕を網のような形状をイメージし変化させる。
俺は反対側にいるエリスと視線を交わし頷きあう。
俺はエリスと共にゴム状の網になった腕を引っ張り、海の方に向かって走りはじめる。
ちなみにこの作戦の発想元は以前の世界の某有名な漫画からヒントを得ている。
海魔獣の通り道には船であったもの、家であったものの残骸が散乱している。
それらを飛び越え、踏み砕きながら俺とエリスは前に進む。
前に進むにつれて一歩一歩が杭のように地面に足がめり込む。気を緩めれば後ろ側に吹っ飛ばされる。
普通の人間はこんなことは絶対にできない。
俺は肉体が人間のそれではなく魔族であるために可能
エリスは法力使いであるために一般の人間の何倍もの力を使うことができる。
お互いが
「「うおおおおりゃあああああああ」」
俺とエリスの掛け声がかぶる。ゴム状になった腕は極限まで引き伸ばされている。
一方の海獣も触手を伸ばして持っていかれ無い様、四方に触手を伸ばして踏ん張っている。
海の方に戻そうとする俺エリスと飛ばされようと必死に抵抗する魔物との綱引きである。
筋肉がきしむ、歯ぎしりの音が聞こえる。数秒が数時間にも感じる。
「魔法を放てっ」
ボウラットの掛け声とともに魔法の攻撃が始まる。
「いっけえ」
セリアの操る岩の巨人が海獣に向けて体当たりをかました。それが決め手になった。
岩の巨人は海獣の体がふわっと浮き上がり、ばねの弾力により少しずつ加速しながら海の方へ引っ張られる。
皆の力が合わさり、巨大な海魔獣が宙を舞った。
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海獣が浮いた直後。岩の巨人はがらがらとその姿を崩していく。
セリアが岩の巨人への魔力の供給を止めたのだ。
セリアの周囲には魔力が
レイチェルは才女である。若くしてその力を認められ、カロリング魔導国に留学したほどの。
だからこそ岩の巨人を動かすための魔法式や、消費魔力量を見積もることができる。
彼女の見積もりでは岩の巨人の消費魔力量だけでも魔法使い数人分の力を使ってる。
さらにそれを動かす複雑な術式の行使とその正確な制御。
セリアに目を向ける。エルフの先祖返り。肉体の年齢はおよそ十代前半。
その輝くような容姿の内にあるのは底知れない内蔵魔力量。
同じ魔法使いであり、才能もあるレイチェスは今一人の少女が行っている魔力の異常性を理解していた。
そこにあるのは羨望すらも感じさせないほどの力の差。
岩の巨人が跡形もなく崩れていく様を見てレイチェルはさすがに魔力が尽きたのだろうと思った。
彼女の試算では十人分の魔法使いの扱う魔力量を少女は放出している。
あれだけの量の魔力を使えば魔力も尽きていてもおかしくはない。
だがレイチェスの目算は外れていた。目の前の少女はその内に未だに余力を残していたのだ。
「おい。あれじゃ湾内に落下しちまうぞ?」
背後から聞こえてきた声にレイチェスは吹き飛ばされている海魔獣に目を向ける。
空に飛ばされた海魔獣は勢いを無くしていた。海流のある灯台の先までまだまだ距離がある。
あの巨体を灯台の先にまで吹き飛ばすなど無茶な話だったのだ。
レイチェスは頭をフル回転させて自分のできる手段を考える。
ここから海魔獣を狙い撃つにしても風魔法では距離があり、海魔獣に届くまでに拡散して効力がほとんどなくなってしまう。
それ以前に宙にある海魔獣が海に着水するまでの時間で魔法式を組み立てるなどほぼ不可能に近い。
レイチェスがセリアに再び目を向けると、いつの間にかセリアの脇に白い毛並みの子狐のような動物が浮いていた。
「呼んだか?」
その子狐のような存在は言葉を発し、セリアに語り掛ける。
宙に浮きつつ、その周りは光り輝いていて黒い魔力とは違った力がその周囲に渦巻いている。
レイチェスはその存在を書物で読んだことがあるが、実際に見たのは初めてである。
「…精霊契約者…」
レイチェスは目を見開いてそうつぶやく。
精霊契約者は自然の化身である精霊と契約した存在であり、
もしも契約できたのならば世界の自然をすべての現象を意のままに操ることができるといわれる。
精霊契約者は人類の救世主にも生ける災害にもなれる存在。
そのために精霊と契約できる人間は歴史上で数えるほどしか存在しないという。
あの少女は魔法使いとしてすでにあの歳で一流の域にある。それでいて精霊契約者とか反則もいいところだ。
「Aランク以上は人外の戦い方をする」
ふと、レイチェスの頭にボウラットの言葉が頭によみがえる。
「アレを沖まで押し出す、力を貸して」
少女は宙にあって落下し始めている海魔獣を指さし、精霊に命じる。
「わかったぜ」
小さな精霊がそういうとその姿が揺らぐ。セリアが精霊に魔力を注ぎ込んでいるのだ。
注ぎ込んだ魔力は精霊によって力に変換されていく。魔力は精霊の周りに力の奔流が現れる。
「嘘でしょう…まだ魔力があるのっ?」
レイチェスの声を風の音がかき消す。
精霊が変換した力をすべて放出すると、凄まじい突風が発生する。
魔法は摂理に反するものである。それゆえに力を保ち続けることは難しい。
だが、精霊の扱う力は世界そのもの。それゆえに力の拡散を最小限に済ませることができる。
爆風が着水する寸前だった海魔獣に突風が直撃し、海魔獣の巨体は再び持ち上がる。
宙の上ではどれほどの力があろうと、飛行手段がなければただ流されるだけである。
こうして海獣は何もできず、そのまま風と共に灯台の先まで押し出されたのだった。




