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名無しの異世界喫茶店  作者: 深崎藍一
第二章 異世界喫茶店マスターと迷い猫編
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ブレイクタイムは続かない

本日から、二章の核となる部分に入ります。それの導入なので少し短いですが許してくれ。

 風の強い日だった。窓がガタガタと揺れ、外に建ててあるメニュー表の黒板が飛んでいかないかヒヤヒヤするほどだ。


 得てして、そういう日はお客さんが少ないものである。風が吹けば桶屋が儲かるという言葉があるけれど、どうやら喫茶店は儲からないようだ。


 夏へ向かう最中の風が強い日。そんな風に乗って、何かが運ばれて来そうな日。でも、それが良いものか悪いものかなんて、結局目の前に現れてみなければ、分かりはしない。


 風に吹かれて現れたルルは、今日も眠たげな目を擦っていた。真っ白な柔らかそうな髪の毛は、風の悪戯に遭い、ボサボサだけれど、そんなことを気にする様子もなく、いつものカウンター席に座ると、腕を枕に「ふむぅ」と奇妙な声をあげて眠り始めた。


 僕は、特に言われずともコーヒーを淹れ、そっとルルの傍に置いた。鼻腔に匂いが届く頃には、ルルは起き上がりちょびちょび舐めるようにコーヒーを飲む。最近の、僕の朝のお決まりになっている光景だ。


 数えることはないけれど、気づけばルルは学校に行かない日の方が多くなっているようだった。そりゃあ、そういうものだと思う。サボるのに慣れてしまえば、楽な方向に流されていくのも当然だ。


 そろそろ、ルルが朝から店に来始めてからひと月が経つ。それでも僕は、何も言わなかった。

 きっと、ルル自身もわかっているからだ。このまま時が過ぎるなんてありえないという事を。


 この時間が終わるのは、僕がひと月分の三つ子の飲食代を彼女たちの父親に教えた時かもしれないし、教師が親に相談した時なんかかもしれない。


 だから、僕はせめてそれまで一秒でも長く、ルルの羽休めを手伝うでもなく見守ってやりたかった。


「…聞か、ないの?」


 隙間風に身を震わせたルルがそう言ったのに、僕はなんて答えようか少し迷った。聞いて欲しいという事なのか、それとも純粋な疑問なのかの判断に迷ったから。


「学院…行かないの…何も言わないから」


「…話したいなら、聞くよ。でも、話したくないなら、僕は聞かないし、責めもしないよ。今日も、たまの話し相手になるだけだよ」


「…そ。なら…まだ」


 続く言葉はなかったけれど、きっと前に進む気はあるのだろう。それならば、待てばいい。時に手助けが必要ならば、僕はそうするし、ルルが立ち上がるまで待てばいいのだ。


 ただ、僕は知っていたはずだ。それは僕の考えであって、ルルの現状を許さない人だっている。そんな人は、待ってくれない。すぐに現状を変えようとする。僕の考えと、そんな人の考えのどちらが正しいのかなんて、分かりはしないけれど、一つだけ言えることがある。


 何かが唐突に変わってしまう。そんな日は、胸がざわつくような、風の強い日だったりするのだ。



********************************************


 

 ドアベルが鳴ったのは、より風が酷くなった昼過ぎのことだった。ルルはお昼ご飯を食べたばかりで、うつ伏せで寝息を立てていたから、事態に気づいたのは僕が先だった。


「…いらっしゃいませ」


「ご丁寧にありがとう。でも、ごめんなさいね、今日はお店に用があるわけじゃないの」


 その女性を僕は知っている。直接会話をしたことはないけれど、僕のピアノの調律をしてくれる人間の隣にいるのを、何度か見た事があるから。


 ツカツカと、迷いなくうつ伏せになって寝ているルルの方へと歩を進めるのを見て、僕は悟った。


 ああ、この時間には終わりが来たのだと。


「ルル、起きなさい」


 はっきりとした声でそう言った女性は、言うまでもなくルルの母親だ。その凛とした声は、どこか気の強さを感じさせる。どこか覚悟していたのか、顔を上げたルルの表情には驚きはあまりなく、どこか諦めたようなものが浮かんでいた。


「…ママ」


「お話は、家で聞くわ。今日は帰りましょう」


 ルルは、ゆっくりと椅子から降りると、立ち上がる。それを率いるように、ルルのお母さんは歩き出す。手を引くこともなく。


 ドアが開いて、二人の姿が消えそうになる瞬間、見たことのないほどはっきりとした目で、ルルが僕の目を見た気がした。


「ねえ、ルル。今朝言ったことは撤回したわけじゃあないからね」


 僕はそう声をかけた。ルルの母親が、不思議そうに僕を見て「お騒がせしました」と軽く頭を下げたかと思うと去っていった。


 ドアベルが鳴り止むと、ビュービューと風のなる音だけが聞こえた。今日はもうお客さんが来ないかもしれない。


 今、どんな表情でルルは風に吹かれているのだろうか。この風が止む頃には、夏を呼ぶジメジメした雨が降るだろう。


 その緩んだ地盤が固まり、世界が嫌って言うほど暑くなる時には、ルルはあんなに悲しそうな顔で僕を見ないだろうか。


 今自分にできることは一つもなかった。次に、ドアベルを小さな影が鳴らす日を、僕は待つ必要がある。


 約束を、したのだから。


 


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