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名無しの異世界喫茶店  作者: 深崎藍一
第一章 異世界喫茶店マスターと店員兼生徒編
44/66

終わってゆく十二月④

宙に浮いたみたいな気持ちの朝だった。気づけば、窓枠から差し込む十字にくり抜かれた光が私の目を焼く。


ひんやりとした空気が、毛布から露出した部分の肌を刺す。私を熱していた病魔は雪解けのように気配を消した。ただ、代わりに私の中にあったどうしようも無い感情に火がついて私の心を焼いていた。


立ち上がり、伸びをする。毛布から出た私の身体を冷気が包む。それくらいが心地よかった。

さすがに全快とはいかないようで、体力を奪われたからなのか、体の軸がぶれて、足元がふらつく。


意味が無いとわかっていながら、乱れた前髪を手櫛でせっせと整えながら、手すりを頼りに階段を下りる。今は何時だろう。


「おはよう、ナギ」


焦げた香りの中に、エプロンを着けたいつもと同じ白い背中が見えた。

ケトルのお湯を優しく注ぐ、鼻先すら見えないぼやけた横顔に、私の体の中にある音が鳴り始める。


「おはよう、ティアラ。調子はどう?」


そんな微笑みが、溶けてゆく雪に反射した朝日より眩しかった。


「もう、大丈夫」


その言葉が、体調だけのことじゃなかったことに、あなたはいつか気づいてくれますか?


********************************************


  時計を見ると、毎朝同じ時間に起きることが癖づいていた、ここ数年の私にとっては随分と朝寝坊な時間だった。


今頃、講堂で教師陣の薫陶をあくび混じりに聞いている学友たちにほんのりと罪悪感を感じながら、湯気の立ちのぼるカップに口をつける。


中身はいつもの琥珀色より、随分と優しいココア色だ。いつもはブラックで飲むのだけれど、病み上がりの胃に少しでも優しいようにと、ナギがたっぷりミルクを入れた結果だ。苦味がマイルドになって、これはこれで美味しい。


玉子を焼く、平穏な朝の音。開店前の誰もいない明るい店内は、新鮮だ。肩から羽織ったブランケットの裾が、暖房の風で揺れた。


ここで、寝起きするという事実の悪くない違和感が私を支配していた。不思議な心持ちだ。ナギと二人なのも、この店にいるも慣れているはずなのに、新しい朝を迎えて、ナギが朝食の準備をしているのを、ふと盗み見るのがなんだかくすぐったい。


盗み見る私の視線に気づくくせに「もうすぐできるから」なんて、私がお腹を空かせているみたいに、視線の中身には何も気づかないのが、気に食わなくて愛おしい。


「本当に大丈夫なの?体調」


「さっき、確かめたでしょ。熱も下がったし、ちょっと咳が出るくらいよ」


そうやって何度も無遠慮に、額に手を当てられては朝から堪らないものがある。顔が熱いから、熱があると判断されてもおかしくない。私だって、自覚した気持ちに振り回されているのだから。


「薬は続けて飲むんだよ」なんて、親みたいなことを言うのも、心配してくれてるから。思春期が反抗する、母親の小言みたいな言葉でも、ナギに言われると素直に頷いてしまう。本当に私はつくづく簡単な女なのかも。


「馬車、明日でしょ?それまでに体力戻さなきゃね」


「そうね。向こうについてからも、ゆっくりすることにするわ。きっと、美味しいものもあるでしょうし」


私は、明日の早朝、故郷へと帰省する。毎年のことだ、年末と新年は向こうで過ごす。夏休み、ピアノの特訓で帰省を勝手に断念したので、久しぶりにお父さんとお母さんにも会いたい。


「ナギはどうするの?年越しとか」


「うーん、僕は大晦日まで店を開けることにするよ。他にすることもないしね、新年はさすがに休むけど」


「久しぶりにゆっくり寝て過ごすよ」と笑うナギ。私が帰ってくるのは四日の夜。決まっているし、馬車の速度も変わらないのに、早く帰ってこようと思った。


「そういえば、今日、お店は?」


「午前中は休むことにしたよ。ゆっくりティアラの看病をするつもりだったし、たまには臨時休業も悪くない」


私の体調が思わしくなければ、きっと全休になっていたに違いないと、まだ清掃されていない店内を見て思う。優しさが、どこまでも。


「じゃあ、午前いっぱい休んだら、私も寮に帰るわ。明日の準備もあるし」


「そう。あと、三時間くらいかな、これを食べたら少し眠ってきたらいい」


「うん。そうするわ、ありがとう」


私は、野菜とスクランブルエッグの朝食を平らげると、手を合わせて口をゆすいで薬を飲んで、二階へと上がる。


ふと、窓の外を見ると、雪で埋もれた街道にはほとんど人通りがない。少し陽が出て、徐々に溶けている雪も、まだ地面を見せてくれるほど淡い命ではないらしい。

昨夜は随分降ったらしいなと、雪の厚さを見て思う。街道を駆ける防寒具で覆われた幼い子供たちがいる。どこかの学校は休みになったのかもしれない。なおさら、この雪の中登校したクラスメイトたちに悪く思うが、寒さに一度身を震わせると、そんな思いもどこかへと消え失せ私は布団へと転がり込む。


くりすます、というのはよく分からないけれど、私とナギが出会った一年はたしかに終わっていく。明日、この街を離れれば、ナギと会うのは新しい年。私が恋をした一年が、終わるのだ。


襲い来る眠気の中で、名残惜しさを覚えた。感傷が、何かを残したいと囁く。

夢の中で考えようと、目を閉じた。怖い夢は、もう怖くなかった。


肩を揺すられる。夢の世界が揺れて崩れてく。


「ーーきて、ーーアラ?」


連れ戻される。何を見ていたのかも忘れていく。


「ティアラ!」


飛び起きる。珍しく、寝覚めが悪かった。多分、余計に寝たからだろう。


「おはよう。お昼ご飯もできたよ」


体を起こすと、ナギの顔が思ったよりも近くにあって、少し腰の角度を下げる。変なところで固定したせいで、腰が痛い。


ナギが出ていった後に、ナギから借りていた寝巻きを脱ぎ捨てて、制服に着替える。ブラウスは、少し汗の匂いがして嫌だった。


一階に降りると、きちんと清掃された店内、下処理済みの食材の数々があった。見知った店内。ひとつ違う点があるとすれば、ナギがヘーゼルさんのお店で買った灰色のスウェット姿なことだ。


「どうして私服なの?」


「なんでって...」


ナギは心底不思議そうな顔をして言う。


「ご飯食べたら、ティアラを送らなきゃいけないでしょ?仕事着のシャツは生地が薄いから」


当たり前のような顔をして、こういうことを言う。その度、私がどんなにかき乱されて、夢を見るのか知らないくせに。


平静を装って、テーブルにつく。あっさりとしたスープパスタが、ありがたかった。

いい加減、ナギと食事を共にするのも数えられないほどになってきたけれど、ナギは本当に不思議だ。所作が綺麗、シルバーの使い方が特に。なのに、こんなところでお店をしている。最初は、どこかの貴族の子弟かと思えば、常識を知らなさすぎる。訳が分からない。まぁ、ナギがナギならそれでいいのだけれど。


「今日は、特別にデザート付きなんだ」


二人して、食器を空にした頃、ナギがおもむろに立ち上がってそう言った。

長包丁で何かをカットすると、それを二皿テーブルに置いた。


「ケーキ?」


「そう。ケーキだ。昨日作ってたんだけど、すっかり忘れてて」


そういえば、私も体調が悪くてぼーっとしていたが、何やらウキウキして作っていたような気もする。


「でもなんで、ケーキなの?」


「クリスマスというのは、ケーキを食べるものなんだ」


「最高の文化ね」


ナギが真顔で言うものだから、私も真顔で返してしまう。本当に、どこの文化なのだろう。


ふわふわとした生クリームが雪みたいで、確かにこの季節にぴったりなのかもしれない。ケーキは四六時中どんな時でも美味しいけれど!


甘くてふわふわしていて、押せば跳ねる。まるで私の心みたいだ。同じものを口に運ぶあなたも、そう思ってくれてますか。


「美味しいね、そういえば毎年先生と食べてたなぁ」


その言葉に私は少しムッとする。ナギは確かに、時々何かを思い出すような顔をする。懐かしむような、憂うような。その中でも、私にはわかる。先生とやらのことを思う時、ナギはちょっとだけ特別な顔をする。

ナギは親代わりみたいなものだと言うけれど、絶対にそれだけじゃない。今だからこそ、なお分かる。ナギを育ててくれてありがとう。でも、今日からは私の暫定敵よ。


ケーキを食べ終わると、私は荷物を持ってしっかりと防寒具を巻いて外に出た。ナギも施錠を終えて、隣にいる。


「さ、行こっか」


「うん」


足場の悪い道を、二人で踏み分けながら進んでいく。しれっと、私の少し前を歩いて、雪を慣らして私に道を作るナギ。ああ、すぐその背中に飛びついて抱きしめてしまいたいと思った。

好きな人がどこかに行っちゃうのが怖くて焦っていただけなのだと気づいてしまえば、恋が制御不能なのだという噂は本当だったのだと、身をもって知った。でも、だからこそ私は、負けられないし、込めるものも決めたのだ。


「ねぇ、帰ってきたら少し曲の弾き方変えたいの」


「え?」


「いい?」


「もちろん。ティアラが思うように弾けばいい」


ナギだって私を諌める割に、少し無理をして指導法なんかを考えてくれてたのを知ってる。それを台無しにしてしまうのは申し訳ないけれど、譲れないのだ。あなたに届けるものだから。


「雪景色が全部生クリームならいいのにね」


ナギが、ケーキを食べてる最中の私みたいなことを言う。同じことを考えているのが、なんだか嬉しかった。


「くりすます、だからね」


「そうだね、これだけ生クリームがあれば、皆特別な人と食べるケーキに困らないだろうね」


ナギのそんな不意の言葉に、足を止める。


「クリスマスって、特別な人と過ごす日なの?」


「言ってなかったっけ?ちょっとずつ風習が変わって、最近はそっちがメインみたいになってたんだ」


「サンタさんが報われないな」とボヤくナギだけど、ボヤきたいのはこっちだ。特別という言葉に、胸が高鳴る。私がナギとクリスマスを過ごしたのは、看病のためだ。分かってる。


私はなんだか釈然としない気持ちを抱えながら、足元の雪を丸めてナギの背中へと投げつける。驚いたナギの顔にざまぁみろと思う。


「ちょっ!?ティアラ!?やめっ、病み上がりには反撃できないから!」


雪道を歩く。幸道を歩く。少しだけ、近道だと嘯いて遠回りを。


終わらないといい、この道も、今年も。


「じゃあね、ティアラ。良いお年を」


「うん、また来年、ね」


サンタとやら、良い子の私を叶えて、なんて。サンタのトレードマークらしい色に染められた頬を見て思う。


寒さと霜焼けのせいには、もうしない。


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ナギにとってティアラが特別なのは間違い無いです、ただ、ナギは朴念仁。

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