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名無しの異世界喫茶店  作者: 深崎藍一
第一章 異世界喫茶店マスターと店員兼生徒編
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ちょっとだけ変わる何か

  さて、うちの店に従業員が一人増えたわけだが、結論から言うと、その効果は絶大だった。ティアラは働き始めたその日に僕に向かってこう言った。


「まず、店先に料理の注釈を加えたメニュー表を置きましょう。値段もつけて。あと、この…喫茶店?がどういう場所なのかの説明も置きましょう」


 初めての従業員にかすかな緊張を覚えていたのが、そんなものは何処へやら。制服代わりのエプロンを渡して、次の一言がそれである。

 僕が呆気にとられて、ぽかんとしていると、にこりとした笑顔で「働くからにはお客さん呼べるようにアイデア出すようにって言いましたよね?」だそうだ。


 ティアラ曰く、やっぱり外から見てなんのお店かわからないのは大きなマイナスらしい。

 そこが魅力だと思っていたんだけど、とティアラに言うと、先ほどよりも深まった笑顔で「物珍しさと奇妙さは、惜しいけど違うんですよ?」と言われた。おっしゃる通りだ。


 それより、メニュー表作成という案は大賛成だ。だがここで、大きな問題が一つ存在する。

 そう、僕はこの世界の文字が書けないし読めないのだ。だから、作ろうとしても作れないという事情があったのだ。


「えっと、ティアラは文字の読み書きできる?」


「え?ナギはできないの?」


 彼女は心底意外といった風にこちらを見た。やめてくれそんな目で見るのは。ごめんね変な人で。

 店に来てくれた数少ないお客さんから聞いた話では、この世界の識字率は五分五分なんだそうだ。

 必要ない人はとことん必要ない世界らしいし。


「ピアノが弾けるのに、読み書きができないの?」


「恥ずかしながら」


「ピアノ弾けるってことは学院に通ってたのよね?基礎教養で習うわよね…?」


 彼女の訝しむような表情が深まっていくのを見て、サッと目を逸らす。いや、学校も行ってたし、文字も習ったよ。全く違う文化圏のやつ。

 なんて言えればいいのだが、言うとさらに変な人度が上がってしまうので、黙秘するしかない。

 どうしたものかと悩んでいると、ティアラはため息と共に「本当に変な人」と言葉を吐き出す。


「まあ、今の所は詮索はしません。人にはそれぞれ事情があると思いますし」


 彼女はそう言うと、準備してあった小型の黒板のようなものに文字を書き始めた。古代文字とカタカナが合わさったような文字列は、僕には読めなかったけれど、どうやら喫茶店と書いてあるようだった。


「私が書くのでメニューの詳細とか、教えてもらえる?」


 僕は頷くと、コーヒーから軽食までの詳細を語っていく。けれど心の中ではなんとなく虚しさが襲ってきていた。 

 これ店長どっちかわからないな。


 それから数十分後だろうか。せめて僕にもできることをと、コーヒーカップとコーヒー豆、それにバゲットサンドの絵を僕が描き足した。それもあってか、店の前に置くメニュー表は、随分と喫茶店っぽく、ポップな仕上がりになっていた。


「いいんじゃない?これで、入りにくさが随分と良くなると思う」


「確かに、喫茶店っぽさが増したね…」


 僕らは早速設置しようかと店の前に出て、向かい側から新しくなった店の面構えを眺めているところだった。

「喫茶店っぽさ…?」と首を傾げている。いいんだ、喫茶店っぽさはこの店で働いているうちにわかるようになるから…多分。


 店内に戻って、店でお客さんに提示する用のメニュー表をティアラに作成してもらっていると、数分もしない間にドアベルが鳴って、お客さんが来た。

 看板効果の恐ろしさに驚き、浮かれながら接客をして、浮かれながら注文されたコーヒーを丹念に淹れてお出しすると、恐る恐る飲んだご婦人は、今までの穏やかな顔はなんだったのかと言うくらい目を剥いて、コーヒーを吐き出した。


 店の奥からその様子を見ていたティアラは、あちゃーといった様子で頭に手を当てる。

 ティアラが良さをわかってくれて、少し上がったはずの、僕のコーヒーへの自信がまた急降下した。


 また猫型ロボットにすがることになりそうだと、噎せるご婦人に水をお出しして、口直しにホットココアを出すと「あら、これは美味しいわ」と言われた。

 なんだか素直な気持ちになれなかったけれど、なんとか接客スマイルを作り「アリガトウゴザイマス」と返す。これ作れてるか?スマイル。


 ちょうどティアラが十組み店内用のメニューを作成し終わった頃に、ゆったりとした時間を楽しんでいたご婦人は「また来るわ」という非常にありがたい言葉とともに街の雑踏に帰っていった。

 残念ながら看板効果といっても、そうトントン拍子にはいかないらしく、ご婦人が帰ったあと、しばらくすると日が暮れ、閉店時間がきた。


「看板効果の有無は、明日次第かな」


「そうですね。私も学校の友達にそれとなく広めておきます」


「あ、よろしく頼むね」


 学校帰りに寄ってくれる子とか超ありがたいし。


「じゃあ、少しピアノ弾いていく?」


 僕は約束通り、閉店後にピアノを使うか尋ねるとティアラは首を振る。


「ううん、次に来る日でいい。今日はどんな感じで働くか確かめに来ただけだから」


「それもそっか。じゃあ今日はお疲れ。改めてこれからよろしくね、ティアラ」


「こちらこそ無理言ったのに、本当にありがとう。その分きっちり働くからよろしくねナギ」


 制服がわりのエプロンを僕に渡すと、制鞄を肩にかけ、ドアベルの音とともに彼女も消えていく。

 僕の商売は、誰かの背中を見送る商売だ。でも、久しぶりに帰ってく来てくれる確証のある背中を見送ったなと、思わず笑みがこぼれる。


「さて明日も頑張りますか!」


 精一杯伸びをして、明日の僕へと活を入れる。少しでも、帰ってきてくれる背中が増えればいいなとそう思いながら。


 *******


「本当に変な人ね…ナギって」


 キッサテンという、謎の自分の職場からの帰り道、思わず彼女の口からこぼれたのは疑問の言葉だ。

 それほどの、ナギという人物は不可解なのだ。


「ピアノを弾けて、あの歳であんな立派な店を持ってる。言葉遣いも丁寧だし、髪も肌も綺麗。明らかにどこかの貴族の道楽息子だと思ったのに」


 ところがどっこい、貴族としては必須の読み書きが出来ないときた。素直にあれは驚いてしまった。

 要するにちぐはぐなのだ。明らかに教育の跡はあるのに、成果だけがすっぽり抜け落ちてしまっているような。


「まあいいわ」


 とりあえず、悪い人ではないし、お互いの目的も合致している。今の所は、キッサテンとやらの店主ナギ。

 それが全てだ。


「んんんんーーーー?」


 そう自分を納得させようとしても不可思議なものは不可思議なのだ。彼女は家路を辿る間、頭を悩ませ続けることになるのだった。



 


 



 

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