01-08 信頼の証
「プロポーズに対する答えは二人ともノーだ。ゼンザエモンから貴方の人となりは聞いているからな」
マナが右手開いてくるくると回すジェスチャーをすると、アサドはため息をついて宝石を懐にもどした。
「日本のヤマトナデシコと結婚したいのにままならないねぇ」
「こんな出会いで落ちる大和撫子がいたらお目にかかりたいものだ」
「六本木のバーにいる女の子はオチてくれるんだけどね」
マナとそんなやりとりをしているけれど、アサドはそこまで残念な顔はしていない。
ゲスな事は言っていたけど、そこまで本気じゃないんだろう。
「さて、場が温まったところで商売の話をしようか。ゼンザエモンのメールには何か鉱物を買い取って欲しいとあったけど? ヴィータが持ち込むのかい?」
アサドが商人の顔に変わるとともに部屋の空気が一変した。
魔法石はもうバッグの中に出してあるけど、一気に出したり小出しにしたりするのは良くない。
経験上、中品質、低品質、高品質の順に出していくと交渉は上手くまとまる。
多分こっちでも同じだよね。
「はい。こういうものなんですが」
まず種類に関係なく中品質のものを並べていく。
数は五個だ。本当はもっと出せるけど買いたたかれるのは避けなきゃね。
あらかじめマナのスマホでこの国の主な貴石は大体見ている。
単独の属性であるシングルカラーか二種類の属性が混じったダブルカラーの魔法石がよく売られ、トリプル以上はあまりないみたい。
貴石のように単属性で透明度が高い魔法石はパロナールでも魔道具の媒体として需要がある。
さて、どんな値段をつけるだろうか。
できればダブルカラーあたりに食いついてくれないかな。
そっとアサドの顔を覗くと意外にも真剣な顔をして魔法石を見ている。
いつのまに出したのか、筒状の単眼鏡をつけ、光を出す機械に透かせたりしていた。
「……この規則性は結晶構造なのか? 文字の様にも見えるが……こっちはオブシディアンみたいだが、中で気泡が動いている? 液体が入っているのか?」
顔から表情を無くし、声から愛嬌を無くし、振る舞いから無駄をなくしたアサドは五つ目の魔法石を置くと自分の中の考えをまとめるように目頭を押さえてからひたりとこちらを見据えた。
「結論から言うと、これらは売る事ができないよ」
ぐ……可能性は考えていたけど、難しいかぁ。
「僕が宝石に限らず大抵のものは買い取るのは黒字になる膨大なさばき先を持っているからだ。でもこれらの品は僕も初めてみる。仮に人工物だとしても作り方は皆目見当が付かないから値付けができない。だから売れない――今はね」
今は?
最後の意味深な言葉を聞き、思わずいつの間にか魔法石の乗ったテーブルを見つめていた視線をあげると、人の悪い笑みを浮かべたアサドと目が合った。
「これらの品、それからバッグにある他の石も僕にあずけてくれ。それなりの高値になるように価値をつけてみせよう」
良かったあ、ここで日本のお金が手に入らなかったらマナにゴミとして見限られるところだった。
それにしても、やっぱり手持ちを残していた事はばれたか。価値を付けてみせるという言葉もマナが商人として有能という位だからはったりでもないのだろう。
預かり金はこれくらいかな、と、目の前に紙が十枚置かれた。
隣を見るとマナが頷いたので妥当という事だろう。ケバブ何個分なのかな?
「二週間後に来てくれ。これは信頼の証だ」
十枚の紙の上に置かれたのはさっきアサドが取り出した指輪だった。
「預かります。取引が終わったら返しますね」
結婚ならお断り……なんて言える雰囲気ではない。私だってそれくらいの空気は読める。
確かに、商人としてなら縁を切るべきではない人物だ。
大抵の物御はさばけると言っていたから、今後もパロナールの品を売りに来そうだし。あんまり来たくないけど。
アサドの工房から出た私たちはもう一度高架の下をくぐり抜けて人が混み合う狭い通りへと入る。
「こんなに狭くて活気がある通りがこの世界にもあるんだね」
今まで自動車の通れる広い道しか見てこなかったから、こういう下町のような場所はこの世界には無いのかと思ってたよ。
香水の匂いや肉やスープや革靴の匂いでくらくらする。
混沌とした臭いと人の多さでちょっと気持ち悪い……。
「待たせた、それじゃ入るか」
マナにが立つ前の建物を見上げると、それは周りの店のような看板がほとんどない白い箱のような背の高いビルだった。
ガラスの向こうの照明がまぶしい。
中に入り、動く階段に驚いたりしながら目的の場所についた。
「さて、手早く選ぶか」
マナはたくさん吊し売りしている服の裏を確認しながらつぎつぎと持ってきたカゴに入れていく。
周りの男の人が男物を買いあさる私達をチラチラ見ていくけど、マナは全く気にした様子もない。本当に動じないね。
「ヴィータ、ちょっとあのジャケットに手が届かないから取ってくれ」
「はい、それにしても迷わずにカゴに入れていくね」
壁に掛かっていた灰色のふわっとしたジャケットを手に取り渡す。
色違いも含めればそれなりに選ぶ余地がありそうな物だけど。私だったらもっと悩んだりする自信がある。
「自分に似合う色やデザインはだいたいわかってるからな。さすがに試着はする必要があるが」
そうか、既製服だもんね、身体に合うか一度着なきゃいけないか……ん?
「ちょっと、マナ? その身体でどうやって試着するの?」
「試着室で一度男に戻るに決まってるだろ? 大丈夫だ。数着ダミーの女物も入れる」
そういってマナは女物の棚にあったサマーニットというものを手に取った。
「こんなものか。すみません、試着したいんですが」
女性の店員に案内されてカーテンの仕切りがある小部屋がならぶ場所についた。
「それじゃ、ちょっとそこで待ってろ」
マナはそう言い残すと、シャッという音と共にカーテンの向こうに姿を消した。
~Side 店員~
何かお客様がざわついているようですが、なんでしょうか?
ここ『ブルマンスーツアウトレット上野店』はアウトレットとしては小規模ですが、上野にロケに来た芸能人でも来たのでしょうか。
キャッシャーからフロアに出ると原因がわかりました。
ブロンドの髪の女の子と黒髪の女の子が二人で買い物をしています。なるほど、本当に芸能人が買い物に来ていたんですね。
健康的な笑顔のブロンドの子に対して黒髪の女の顔はクールな顔をしてつぎつぎと男物をカゴに突っ込んでいきます。
そういえばテレビ番組で○万円以内でコーディネートするとかいうコーナーがありましたね。
きっとそれでしょう。男性のモデルは見えませんから後で来るのでしょうか。
などと考えている内に二人がこちらに向かってきます、チーフ、は休憩でしたね。カメラがくるなら言って下さい、ホウレンソウは基本ですよ。
仕方がないので笑顔で対応します。本来私は目立ってはいけないのですが。
「すみません、試着したいんですが」
あれ、カメラがありませんね? よく知りませんが、リハーサルでしょうか?
ああ、女物もですか。自分用の服も用意するのですね。
「はい、こちらへどうぞ」
それでもどこでカメラが回っているかわかりません。私は最上の笑顔で対応致します。
黒髪の女の子が試着室に入りました。チャンスです。今のうちにチーフに連絡して変わってもらいましょう。私は目立ってはいけないのです。
「すいませーん、裾上げをお願いします」
連絡がつかないチーフにいらだっていると、試着室から男性の声がしました。
今試着室にいるのはさっきの子達、ということはモデルの男性が着ているのでしょうか?
「お待たせ致しました……おぅふ」
目の前には物静かなイケメンがいるではないですか。ヤバ、ドストライク。
「ゴホンッ……。失礼致しました。お丈は如何なさいますか?」
大丈夫ですよね、今リハですよね⁉ あんな間抜けな声がお茶の間に流れたら私は転職しなければならなくなります……!
思わず周りを見回すとなぜかブロンドの女の子が微妙な顔をして立っていました。
その顔なんですか、あーあ、良い絵取られちゃったこれ絶対抜かれるわ、とかそういうこと考えている顔ですか⁉
いけない、私はプロ、全力の笑顔、不安なんて出しては駄目!
「くるぶし丈、シングルでお願いします」
「はい、ウエストの位置はよろしいでしょうか。……では失礼致します」
あーもう、間近で聞くと声も好みです。これから売り出す芸能人? 名前なんていうのかしら。後できく、絶対きく!
「こ、こちらでいかがでしょうか?」
かんでしまいましたが、それより鏡です。鏡越しに遠慮無く視姦できます、あくまでチェックという体です。
ああ、鏡の前で夏物のジャケットとのバランスを確認する姿も様になってる!
「じゃ、この丈でお願いします。後もう一本も同じ丈で」
「はい、かしこまりました。それでは終わりましたらお声がけ下さい」
再び閉じられたカーテンに一礼します。
大丈夫でしたでしょうか。今鏡越しに私がすごい顔をしていた気がしましたが。
「ユリアちゃーん、検品おねがーい」
チーフがひょっこりとひげ面を出して仕事を押しつけてきやがりました。
私には出待ちの使命があるというのに間が悪いですね。
検品検品……
「ユリアー、宅配のおにーさん待たせてるから段ボール運んどいてー」
先輩まで、ああ、もう!
バタバタと日常の業務をこなしていきます。
普段の業務をこんなに苦痛に感じたのは配属初日以来ですよ。
「すいませーん、お会計をお願いします」
ブロンドと黒髪の女の子二人組が服の入ったカゴを台の上に置いた。
あ、あれ? モデルのお兄さんはどこでしょう?
「……つかぬ事を伺いますが、先ほど裾上げをされた男性はどちらに?」
私はポーカーフェイスを装って二人に訊ねる。
「彼はもう帰りました。仕事があるとかで」
え、仕事? 今していたのがロケの仕事ではないのですか?
「あの、もしかして一般人の方ですか?」
目の前の二人が怪訝な顔をして首をかしげた。
私は悟りました。全ては勘違い。私の独り相撲だったという事に。
「ありがとうございましたー」
何とかごまかして二人を見送る。
やっぱりチーフを無視して出待ちするべきでした。
ああもったいない、次に会った時には絶対逆ナンしてやります。
お読みいただきありがとうございます。
作中では二色が混じった石をダブルカラーと読んでいますが、現実の宝飾用語ではバイカラーと呼んでいたりします。わかりやすいほうが良いですよね!
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