01-06 魔法石は日本でも売れるか?
「もしかして仕入れ金を僕に頼るつもりだったか?」
高架という陸橋の下にある日本百貨店という場所の入り口の影でマナが柱にもたれてこちらを見てきた。
マナから少しずつ不穏な空気が流れてくる。
まずい、お金でトラブルを起こすと信用が修復不可能に無くなってしまう。
そのことは冒険者業をしていてわかっている。
「ば、馬鹿にしないでよ! 私の手持ちのものを売ろうと思ってたのよ」
これは本当。私だって何も考えていないわけじゃない。
「ほぅ、どこでどうやって売ろうと思っていたんだ?」
目を細めたマナが言ってみろと腕を組んでこちらを見てくる。
「さっきみたいな大通りで露店を出すとか……」
「あそこで露天商はできない。万世橋から警官がすぐ飛んでくるぞ。第一なにを売ろうとしたんだ?」
なぜか諦めたようなため息とともにマナは重い圧を収めていく。
なんかカミラ様とかぶるよ……
「えーと、貴重品だと胡椒とか?」
私が仕事をするときに使う胡椒の入った小袋を渡すとマナは小指の先についた粒をなめた。
わずかに顔をしかめた後に頷く。
「百グラムくらいだな。ヴィータにもわかるように言うと、売値はさっきのケバブより少ないくらいだ」
えっ食事より安い?
「嘘でしょ⁉ 普通の冒険者の一日の稼ぎくらいはあるのに!」
「嘘をついてもしかたない。やはりテンプレ通り香辛料の価値はヴィータの世界では高いようだな」
とりあえずアメ横で仕入れるか、などとつぶやいている。協力するって約束したけど、マナの方が先に商材を見つけたのがなんか釈然としない。
「じゃあこの薄切り干し肉は?」
「コンビニで四百円。胡椒と同じくらい」
「魔獣の素材は? 小鬼象の牙」
「惜しいな。こっちの世界の象牙は白い。買い取り不可だ。それに、たとえ白でもついさっき獲ってきたような素材なら通報される可能性がある」
僕だって犯罪の片棒は担ぎたくないんだ、とマナが気の毒そうな顔をし始めた。止めてこっちが惨めになる。
「貴金属や宝石とかないのか? 金、銀、銅、ダイヤモンド、サファイア、真珠、どれかはそっちの世界にもあるんじゃないか?」
マナがアイデアを出してくれるけど、そういう貴石を使っている宝飾品は簡単に売る物じゃないし、予備の持ち合わせはもうない。
なにに使ったかと言えば、冒険者の装備だ。
武器は当然として防具もできるだけ良い物を使っている。
魔術的な核としての防具は全身をおおっていなくても、装備しているだけで付与魔術の効果が一気に上がるのだ。
「今売れる貴石はないわ……。魔獣の体内にある魔宝石ならあるけど、でも地球にないなら売れないよね?」
ダメ出しをされまくったせいでちょっと小声になりつつ、いくつかの属性の魔宝石が入った筒を取り出した。
私はメンタル弱め女子なのだ。
魔宝石というのは文字通り魔獣の体内にある石のことだ。
例えば俊足のブルーホースの太ももに風属性の魔宝石が入っているように、魔獣は自分の突出した能力を発揮する身体の場所に魔宝石を宿す。
その魔獣によって魔宝石の数や属性が混じるので色や形も様々だ。
基本的には小さくてなくしやすいから透明なシリンダーの中に入れているのが一般的だ。
「……綺麗な結晶だ。大きさは最低〇・四カラットはあるか? ヴィータ、ズキヤではこれを宝石に加工しないのか?」
マナが無邪気な笑顔で魔宝石を空にかざしている。ゼンザエモンの時より表情が豊かじゃない?
「魔術発動の核にする場合もあるから加工は結構するわよ。私も魔道具の手入れで研磨をするけど、硬さはだいたい水晶くらいかな。もしかしてどこかで売れそう?」
マナの反応からして、もしかしていける?
魔宝石なら魔獣のハントでも使うからストックが結構ある。
今は緊急時。向こうより多少安くても売れるなら売ってしまおう。
「ここを進んだ先に売れそうな場所がある。そこの知り合いに相談してみよう」
マナは上機嫌でシリンダーを入れた小型のショルダーバッグを私に返すと、そのまま高架下の小道に入っていく。
高い天井の下に小屋が並んでいるのはちょっと不思議な空間だ。
洞窟ダンジョンで開いている屋台みたいな感じかな?
まだ近くを歩く人にはびっくりされるけど、さっきほどは悪目立ちしていない。
「マナ、この木の細工ってすごいね」
「ああ、それはドアの一種だ」
「この器ってなにで出来てるの?すごい軽いんだけど」
「漆器だな。木の器を補強している」
なにここすごく楽しい!
広場のどの方向を向いても見たことが無いものばかりだ。
店を一軒一軒みて回っていると、ふと嗅ぎ慣れない臭いが鼻の前を通り過ぎた。
「良い匂いがするんだけどなんの匂い?」
「コーヒー屋だな。豆が少なくなってたから少し買っておくか。ここで待ってろよ」
あ、あっちも木で出来た製品がある。おお、何に使うかわからないけどこれもシンプルだけど細かい。良い職人が多いのね。
「マナ、次はどこに行く?」
色々店をめぐり、ふと振りかえると後ろにいたはずのマナが見当たらない。
中央のベンチに座っていた夫婦がこちらを微笑ましそうに見ている。
うわ、なんか恥ずかし!
「お嬢さん、お友達ならあそこよ」
笑顔の可愛いおばさんが指さした店を見ると、ちょうどマナがバッグを肩にかけて出てくる所だった。
「てっきり後ろにいてくれると思ってたのに、ひどいじゃない勝手に置いてくなんて!」
不安だったので思わずマナの首にかじりつく。
異世界でマナ以外に頼る人がいない私の身にもなってほしい。
絶対向こうにいったら同じ事をしてやる。
「コーヒー豆を買ってくるから待っていろと言ったんだが、そんなに不安がるとは思わなかった。すまない」
されるがままになっているマナをみるとまた腹が立つ。
私が抱きついているんだから少しは動揺して欲しいんだけど。
まあいい、マナはそういう奴なんだ。
「ほら、荷物を持ってくれ」
差し出されたものを反射的に受け取る。あ、これさっき良いなって思ってたトートバッグとかいうやつだ。え、何? サプライズプレゼント?
「この世界でストレージからポンポン物を出されたら目立つんだ。どうしても入りきらないもの以外はバッグに入れたままにして置いてくれ。それとこれは貸しだからな。後で返せよ」
ですよねー、マナはこういう奴なんだ。
はぁ、またツケがたまるよぅ……
「それじゃあ行くぞ。すぐそこだからな」
「あ、うん。おばさんありがとうございました」
おじぎをしてすぐにマナに追いつく。今度は見失わないようにしよう。
——スッ
腕を組もうとした腕が空振りした。マナがすたすたと先を歩いて行く。
あれ?
——スッ、スルッ
この私が紙一重で避けられている……?
「なんで避けるのよ? 意地悪?」
「……別に」
後ろでコロコロと笑う声がした。さっきのご夫婦に違いない。
なんなのマナ、また笑われたんだけど!
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