01-04 お使いが出来ない系の令嬢 (Side-ゼンザエモン)
「なんとお詫びを申せば良いのか」
異世界から来たらしいヴィータとなのる少女が先ほどから目の前で土下座をしている。
まさか現実でこんな光景を見ることになるとは思わなかったな。
ちなみに土下座はヴィータが勝手に始めたので僕は強要していない。
ふわりと拡がるオレンジに近いトキ色のロングスカートとコルセットが融合したヴィータの格好はドイツやポーランド辺りの伝統衣装にありそうな、いわゆる異世界ものでよくみるデザインのワンピースだ。最近は普通のアパレルでも売ってるから街でも見かけるけど。
一見町娘の服に見えるが、レースや刺繍などが現代日本人の僕からみてもだいぶ細かい。
先ほどのやりとりでヴィータの事をポンコツ娘カテゴリに入れる事は僕の中で確定しているが、やはり伯爵令嬢というのは伊達ではないのだろう。
手足がしなやかに伸びた百六十五センチくらいの背丈。シニョンにまとめたダークブロンドの髪と赤みがかったブラウンの瞳。女性的なラインを強調するワンピースに包まれた身体は見る者を引きつける。
顔のつくりは丸みがあって日本人に近い。黙っていれば文句なしに美少女と言えるだろう。
「あの、ゼンザエモン……」
考え事をしているとヴィータが弱々しい声を上げてこちらを見ていた。
「どうした?」
「異国マナー講座で知ってるんだけどさ、この体勢ってお仕置きの時にも使うじゃない? 反省してるから、もうそろそろ許して? 足がしびれて……ふぎゃぁ!」
ヴィータが突然床を転がり出したので何事かと思って見ていると、座布団の後ろでヒクイトカゲが尻尾をビタンビタンとさせていた。
お前、意外と気が合うかも知れないな。後で名前をつけてやろう。
「反省しても荷物は帰ってこない。建設的な話をしよう。とりあえず弁償するつもりはあるんだろう?」
「アッ、それはも、う……はぅ!」
もだえるヴィータはなにか伯爵令嬢にあるまじき顔をしている。さっきは表情豊かでうらやましいとちらりと考えたけど錯覚だったな。
「他の物品は追々請求するとして、とりあえず僕は服が欲しい。夜にはアルバイトに行かなくちゃいけないからだ。ヴィータは何か服は持っていないのか?」
とりあえず異世界の物でも服があれば秋葉原のKONAKAにたどりつける。
あそこで服を買えば当座はなんとかなる。
秋葉原も最近は色々な業種が集まっていて便利な街になったよな。
「ウッ……ちょっとまって、今出すから」
息も絶え絶えのヴィータが指を空中に滑らせると、その跡に一本の線が現れた。
多分あれは異世界で定番のストレージだろう。さっきもあの空間の裂け目からナイフをだしていた。
とりあえずあの道具は欲しいから弁償の際に用意してもらう事にしよう。
——バサッ
「……これはお前の着替えだろう?」
床に置かれたのはヴィータが着ているものと別なデザインのドレスだった。
中世テイストはあるけど、もうすこし現代的なデザインの服だ。
アシンメトリーな右太ももの見える黒スカートにオフショルのピンクのトップス。
なぜ僕がこれを欲しがると思ったのか。まともに頭が働いてないらしい。
仕方ない、ヴィータの足のしびれが落ち着くのを待つか。
「さて、僕が外に出られない以上、服はヴィータにに買ってきてもらうしかない」
「異世界にきていきなり一人でお買い物か……ハードル高いね」
ヴィータがごくりと喉をならす。ハードルが高かろうがやってもらうしかない。
幸い異世界の文字や鍵は地球と同じもののようだった。エレベーターの仕組みを教え、地図や現を持たせて玄関に向かわせる。
そういえばこいつずっと土足だったのか。後で床を拭かなきゃな。
「じゃあ行ってくるね!」
切り替えが早いのか異世界が楽しみなのか、笑顔で手を振って出て行くヴィータを見送り、僕はリビングに戻った。
「異世界か……」
異界門となってしまった元ウォークインクローゼットの前に立ち考える。
あまり感情の起伏が激しくない僕だけど、やはり異世界というのは心躍るものがある。
向こうの世界にはきちんと人類と敵対する魔物も、いわゆる冒険者に相当する人も多くいるという。
ヴィータもその一人として学業の傍ら魔物を討伐しているらしい。
本人はアルバイトのように話していたけど、多分それはヴィータの戦闘力が高いからだ。
多少は心得があるとはいえ、特に無双フラグを立てていない僕が油断していい世界ではないだろう。
「まずは付与魔術の習得をめざして、次に投射魔術だな」
やはりこちらの世界では体験できない魔法は使ってみたい。
ヴィータの世界では、いわゆるファイアーボールのような魔法は投射魔術というらしい。
それから付与魔術だが、これは投射魔術を零距離で放つような属性付与と、身体能力を高める能力付与をまとめた魔術のようだ。
防御力増加も能力付与の一種らしいので、まずは安全のためにこれの習得をめざす。
ライアン家は付与魔術のエキスパートらしいのでヴィータが教えてくれるだろう。
「ん?」
人の気配がする。もう帰ってきたのか?
廊下にでるとドアがガタガタ言い出した。サムターンがガチャリと回る。
「無理‼」
前髪を顔に張り付けた汗だくのヴィータが廊下に崩れ落ちた。
だいたい事情はわかった。異世界人ってタフだと思っていたが、違ったみたいだ。
「この世界って冗談みたいに街が広くて道が全然わからない! それとあっつい!」
この世界の第一印象を僕に伝えて気がゆるんだのか身体まで廊下に付け始めた。
「うあー、つめたいー」
こんな感じで地面から涼をとっている猫、海外のSNS動画でよく見るよな。
しかしこの感じでは役に立ちそうもない。
「温度調節をする付与魔術はないのか?」
隣にしゃがんで聞くと、溶けていたヴィータがムクリと起き上がった。
「そうそれ! この世界魔素が異様に少なくない?」
魔術の発動に必要な魔素が少なかったため付与魔術が微弱な効果しか出なかったらしい。
僕にグチを言われても困るんだが。魔素を知らない世界の住民に同意を求めるのは間違っていると思うぞ。
と言おうと思ったら、ヴィータは再びぺたんと床に落ちていた。せめて空調の効いたリビングまで持って欲しい。
ヴィータを引きずってリビングに戻りスポドリを飲ませると500ミリペットボトルを五秒で飲んだ。
驚きの吸引力だな。
少し回復したのか、ヴィータが壁にもたれて二本目をちびちび飲んでいる。
「はー、美味しいものみつけちゃった。ゼンザエモン」
「わかってる。箱買いして備蓄してあるから帰る時に持っていけばいい。それより服を手に入れる方法を考えろ」
「それは大丈夫、床で身体を冷やしていた時にいい手を思いついたから」
一口ペットボトルをあおったヴィータが床に転がっている木箱をあさり始めた。
やっぱりそれお前が持ち込んでたんだな。
「あった! 熱遮断の指輪!」
あさっていた箱からとりだしたものをたかだかとかかげた。
つまり暑さ対策に魔道具を使うつもりだな。
「魔道具は内蔵魔素で動くからこっちでも使えるはず! はいゼンザエモン」
二つあった指輪の一つを当然のように渡してきたのでつい受け取る。
ヴィータの行動の意味がわからない。
「さっき思いついたの。やっぱり私じゃ服屋にたどりけないからゼンザエモンについてきてもらおうと思って」
なおのこと意味がわからない。
「僕は服がなくて外に出られないんだが? 服を買いにいく服がないのだが?」
いくら暑いからと言ってマッパで外を出歩けば通報待ったなしだ。
三越前の伝説になるつもりは僕には無いぞ。
「服ならそこにあるじゃない」
細く白い指は先ほど出されて放置されていたヴィータの着替えがあった。
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