01-03 侯爵夫人に、私はなりたい!
ゼンザエモンの圧に屈した私は、荷物が異空間にすっ飛んで回収不可能な事を白状した。
「……そんなわけで、有名な魔術師だったひいおじいちゃんの遺品を偶然なおせたから、私はズキヤ神様の世界からこの地球? という世界に来たの」
白状からの、たたみかけるような私の身の上話。向こうの世界の事やここにたどり着いた経緯も併せて話しております。
これで荷物の件がうやむやになってくれれば御の字。
「で、その異界門とやらがクローゼットの壁に開いたから僕の荷物が全て異空間に消えたわけか」
「あぐぅ……ごめんなさい」
うやむやにならなかった。
ゼンザエモンのことも色々ときいた。
ゼンザエモンの外見は背丈が百七十二、三といった所。
何らかの運動をしていたのか、筋肉はそれなりにある。
髪は額をだしたショートカットにしていて顔はすこし骨張った細面。
眉と目の間隔が狭いのが特徴といえば特徴だ。
美形といっていいだろう。
本人いわく、名前のせいでいじられたために不動心を手に入れたらしい。
それって感情が死んでいるんじゃないかな?
などと失礼な事を考えてしまった。
どうやら友達というのはいないらしく、この場所に住んでいるのを知っているのも片手に数えるほどしかいないらしい。
「しかし剣と魔法の世界からの来訪者だなんて、ラノベの冒頭シーンみたいだな」
ヒクイトカゲの眉間をなでながらゼンザエモンがため息をついた。
この世界にはラノベという本が普及していて、主人公が異世界に行く物語がたくさんあるという。
ボッチの嗜みというものらしく、ゼンザエモンもたくさんその種の話を読んでいるとの事。
そのため、この世界にはない魔術や魔道具の事をすんなり理解してくれた。
というか、ご飯一食分で本が買えるなんて、この世界すごくない?
「で、ヴィータはこの地球に遊びに来たのか?」
説明が一段落し、お互いだいぶ打ち解けたところでゼンザエモンが私の目的について聞いてきた。
まあ主に遊びに来たんだけど、ここは同情をさそうために悲しい話からしようかな。
一つせきばらいをして表情を引き締める。
「さっき少し話したけど、何十年も続いていた戦争が数年前に終わって、パロナール王国には平和な時代が訪れようとしているの。本来なら喜ぶべきことなんだけど、ちょっと実家にとっては逆風でね」
「家が軍事貴族で領地を取り上げられそうとか?」
「なんでわかるの⁉ 私貴方と会うの初めてだよね⁉」
一気に顔から血の気が失せる。
次元魔術の術者の時間がループしたとか、知らないうちに自分が分裂していたとか、異世界から物を持ち出そうとしたら変な音がして門を通れなかったとか……次元魔術には怖い話がつきものなんだけど、それらは実験中の話のはず。
私は魔道具を使っただけだから大丈夫……大丈夫だよねひいおじいちゃん⁉
「この国の歴史でも似たようなケースがあったから想像で言ってみただけなんだが、当たるもんだな」
適当か! なんだよ怖がって損したよ。
でも歴史は気になるので続きをきいてみた。
「この国、日本では数百年前に戦争が終わった時に大きな貴族がたくさん潰されたんだ。多分そっちの各国の王は平和のための一斉軍縮という名目で奪った土地を自分のものにして権力を強化するつもりなんじゃないか?」
え、そうなの? パロナール王そんな事考えてたの?
でも言われて見れば強力な領軍を持っていて去年北方に領地替えされたゾンダー伯爵家の元領地も国王が一時的に管理すると言った後、他の貴族に渡される話がない。
「ねぇ、ゼンザエモンってもしかして頭が良い?」
「まあ、今の話とは関係ないけど、頭は良い方だと思うぞ。この国で一番と言われている大学の院にいるからな」
うわ、予想以上に頭がよかった。
「まあそんなわけで、私の実家も軍事以外の功績を挙げなきゃ平和な時代の貴族にふさわしくないって爵位を取り上げられそうなの。だから私もひいおじいちゃんみたいにこっちの世界の珍しい物を持ちかえって実家の地位を引き上げたいのよ」
とりあえずはアンナ様のご機嫌をとって公爵派での私の地位を固めたい。
学院で無派閥なんてろくな未来にならない。
「なあ、ヴィータはなんで自分、じゃなくてライアン家の地位を引き上げたいんだ? さっきの話じゃライアン家は兄貴が継ぐんだろうし、腕に覚えがあるんだろう? 魔物を討伐する騎士団でもなんでも、ヴィータ自身は生きていけるんじゃないか?」
唐突にゼンザエモンが質問をしてきた。
相変わらずの無表情で何を考えているかわからないけど、一瞬心がざわつく。
「伯爵家令嬢の立場は簡単に失って良いものじゃないよ。実家が傾けばまともな結婚もできなくなるし」
パロナール王国における令嬢のまともな結婚とは、国内外問わず、同格の家の正妻になる事だ。
けれど、私は違う。
身体が自然と熱を持つ、握った拳がきしみをあげる。
全盛期のライアン家でもなしえなかった偉業を私は成し遂げたい。
「まともな結婚……具体的には?」
想定内のゼンザエモンの質問に食い気味に答える。
「侯爵夫人に、私はなりたい!」
ゼンザエモンが耳を押さえた拍子に、膝の上で死んだふりをしたヒクイトカゲがコロリと落ちた。
先ほどの失敗を教訓に声は抑えめにしたんだけどな。
いわゆる一つの成り上がりという奴だ。
もちろん家が良ければなんでも良いというわけでもない。
対象の年齢、能力、容姿、家勢、国内、国外、実家や所属する派閥との相性など考えるとかなり対象は絞り込まれてしまう。
「専属メイドのマリアによれば公爵派のサロンで話題に上る侯爵家相当の家を継ぐ令息は国内で九人。そこで脈ありとみる対象者は五人! 彼らが攻略対象よ!」
「攻略対象とか乙女ゲーみたいだな。そして細かい所は専属メイドに丸投げかよ」
ゼンザエモンが相談した時にカミラ先輩がした表情だ。
「丸投げで悪い? 適材適所じゃない。ただでさえ傾いている上に格下の伯爵家から侯爵家に嫁ぐためにはなりふり構ってられないの。私はこの世界の品々を持ちかえって、アンナ様を通じて公爵家にライアン家を引き立ててもらい、それを令息攻略の足がかりにしなきゃいけないのよ!」
「一体何がお前をそこまで駆り立てるんだ?」
理解出来ないものを見る目でゼンザエモンがこちらを見てくる。
「貴方に言ってもわからないでしょう」
見た所ゼンザエモンはコンプレックスになりそうなものは無い。
多少表情にとぼしいが整った顔立ちをしている。むこうの世界に行けば結構人気がでるかもしれないけど、悔しいから言わないでおこう。
「なんだその私憂いてますという顔は。わからないかどうかは聞かなきゃ判断できないだろう?」
平坦な声で食い下がってくるゼンザエモンに無性に腹が立った。
「じゃあゼンザエモンは”脳筋サラブレッドのもらい手なんてオーガーくらいかしらぁ”って言われた私の気持ちを想像できるの⁉」
本日三度目の大声。ヒクイトカゲはもう動かなかった。
あの笑い声を昨日の事のように思い出す。
アンカスター侯爵家のシャーロットにパーティで面と向かって言われたのだ。マジ許すまじ。
第二派閥のトップだからって何を言っても許されると思うなよ?
「ああ、脳筋か。身体能力がつよい一家だもんな。脳筋サラブレッド、なるほど良いんじゃないか?」
それまで無表情だったゼンザエモンが微妙に笑顔になった。笑うと意外にかっこいい……って原因!
「今の流れでなんで良いと言えるの⁉ あいつのあの発言のせいで結婚が一気に難しくなったんだから! 良い感じだったノエル君からは距離を置かれた上にフレーズがツボだったアンナ様が広めたせいで派閥内の人すら呼ぶ始末……絶対見返す!」
「悪かった。でも、だいたいそちらの事情はわかった。勝手にクローゼットに通用口を開けられて荷物を消し飛ばされたとはいえ、これもラノベでは良くある事だから許そう。僕も異世界には興味がある。ヴィータが異世界を案内してくれるなら、そちらの目的に協力する事もやぶさかじゃない」
「お互いに自分の世界を案内しあう相棒ってわけね。よろしくゼンザエモン、さっそくこの世界を案内してよ!」
強引に話を変えられた気がしないでもないけど、まあ良いや。異界門が開いた拠点の住人の協力を取り付けたのは大きい。
弾む声とともに立ち上がり、右手を差し出した。
にもかかわらずその手は空を切った。
「あれ?」
ゼンザエモンが手を伸ばさずにこちらを半目で睨んでる。
何か私失礼な事した?
「とりあえず、その相棒がずっと裸のままなんだが、この不始末、お前はどうすべきだと思う?」
ゼンザエモンが身体に巻き付けている白いベッドシーツを指さした。
すっかり忘れてました。消し飛ばした荷物には貴方の服が全部入っていたんでしたね。
ごめん、ほんと申し訳ない。