02-02 最初の異世界人は半裸でした
私の目の前にあるのは広大な草原でも海原でも天空でもない、無機質な白い部屋だった。
「ありゃ、よそ様の家の中につながっちゃったか」
後ろを向けば壁、横も壁。ちょっと凹んだ倉庫のような場所だ。
出口が人の家というのは良くない。その人と深く関わらなきゃいけなくなる。
ざっくり言えば面倒だ。
寮の部屋にもどり、外の人目がつかない場所で再起動してふたたびゲートをくぐる。
「さて仕切り直し。今度は人の居ない場所に開いてください!」
しかし目に飛び込んできたのはさっきと同じ景色。
トリセツに書かれていた通り杖を再起動。他にも色々試したが、自分の世界のどこで杖を使っても異世界のこの場所に門が開く事がわかった。
「もしかして、転移門が壊れたままだと座標指定が機能しない⁉」
どうやら杖についていた転移門機能は次元魔法で固定した異界門の座標を移動させるためについていたらしい。
つまり結論、異界門はここから動かせません! コンチキ!
「こうなったらしかたない、ここの住民さんと仲良くするしかないか」
どんな人が住んでいるのかわからないけど、とりあえずこの場所から出てみよう。
倉庫から一歩外に出てみると、木の床の上に見覚えのある木箱が散乱していた。
「あ、木箱発見。やば、ストレージに入れたつもりだったのに異界門に放りこんでたのか……人が居なくてよかった。いや、そもそもここって人住んでるの? 生活感がほとんどないんだけど」
人の気配もしないので落ち着いて部屋を観察する。
ツルツルする木の床、素材がわからない壁、天井の照明は魔道具かな? レースのカーテンの向こうは窓って、すごい透明感! さすが異世界、ガラスも高品質!
「ドアは複数か……さて順番にあけようかなー」
あまり人様のお宅に居続けるのもよろしくない。ここは一度外に出てから改めてお邪魔する方向で行こう。
「最初のあいさつはどうしよう……。『すみませーん、実はお宅の倉庫に異世界に続く道ができちゃいまして通して下さい。あ、今後ともちょくちょく通りますのでよろしくです』……無難だけどちょっと正直過ぎるかな?」
――チャ。
振り向くと、開いたドアの前に布を腰に巻いただけの男が立っていた。
繰り返す、裸の男が立っていた。
緊急事態である。
「ギャァ――――――! なんで気配が無いの? なんで服きてないの⁉」
頭は混乱しつつも、身体は反射的にナイフを抜き、相手から距離を取る。
運が悪い事に異界門のある倉庫は男の出てきたドアの隣だ。
「気配の事は知らん。裸なのは風呂に入っていたからだ」
つまりあの布の下は全裸⁉ いやいや、それはそれでおおごとだけど、そこじゃない。
言葉が通じるのはまあいい。異界門にそういう効果があるから。
そうじゃなくて、この男、私にナイフを突きつけられても眉一つ動かさない。
甚だ遺憾ではあるが、私は脳筋サラブレッド一族の娘としての能力を生かし、剣術特待生として王立第一学院に入学した。
さらに腕を生かして学業の傍ら冒険者としても活動している。
そんな私がナイフを突きつけて威圧をかければ大抵の人間は身構えるはずなのだ。
なのに目の前の半裸男は平然としている。
息を細く吐き、神経をさらに研ぎ澄ませる。
異世界に来て早々強敵に当たってしまったみたいだ。
……ん? 強敵?
独白に違和感を覚える。
私は強い敵と戦いたくて異世界に渡ってきたわけじゃない。
異世界を満喫し、珍しい品を持ちかえって派閥の長であるアンナ様に評価される事だ。
大前提として異界門を安定的に行き来できなければならない。
そのためにはこの部屋の持ち主とは友好的である方が望ましい。
改めて右手に構えたナイフを見る。
これって友好的かな? むしろ第一印象最悪じゃない?
「え、ええと……貴方がこの部屋の持ち主、という事で良いんだよね? ごめんね急に。まずは名乗らせて。私はヴィータ・ライアン。パロナール王国から来たの、ってパロナールがわからないよね……ええと、異世界から来ました!」
言い訳が出来ないこの状況、正面突破しかない!
異世界から来ましたって言われて信じる方がどうかしてるって正直私も思うけど、でも信じて!
「そうか、異世界のパロナール王国から来たのか。僕の名前は陣内・善左衛門・末那だ。家名がジンナイ、当主や嫡男が名乗る名がゼンザエモン、個人名がマナだ。善左衛門と呼んでくれ。この部屋を親戚から借りて住んでいる。よろしく」
受け入れたよこの人! それに自己紹介もわかりやすい!
最悪の事態(戦闘)にならなくてほっとしたけど、上手くいきすぎて逆に不安になる。
「あ、あの、なんか平然としているけど、この世界の人は異世界人慣れしているの?」
「そんなわけないだろう。僕だって物語みたいな出来事が急に起きてすごく驚いている」
その顔で⁉ 表情ちょっと眉をひそめてるだけなんですけど。
「まあそういうわけだから、お互い質問しあって現状を確認しよう。とりあえず服を着るからそこの椅子にでも座っていてくれ」
椅子ってこの床にあるクッションかな? なんだか南方の風習みたいね……
「おい」
「はい?」
呼ばれたので顔を上げると、ゼンザエモンが異界門の前で立ち尽くしていた。
「……クローゼットの荷物がまるごと無いんだが、どこにいったか知らないか?」
「荷物? そんなの最初からなかった……あ」
異界門を開く時の空間固定を厚めにしていた事が脳裏をよぎった。
設定した厚みはたしかにクローゼットの奥行きくらいだ。
異界門を開いた場所にものがあった場合、その物はストレージみたいな異空間にはいるはず、あわてて杖を操作してストレージの中身を確認するけどそれらしいものは……ない。
「何か確認しているって事は、荷物の事を知っているな?」
さっきから大して表情が変わっていないのに、ゼンザエモンからアンナ様に匹敵する圧を感じる。
なるほど、道理で私が威圧しても平然としているわけだ。納得!