01-01 成り上がる準備は整った
新作公開しました。
本日中に四話まで投稿いたします。どうぞ最後までお付き合い下さい<(_ _)>
せーのっ!
「イェェェ――――――――――イッ!!」
はい! 次元魔法の杖、修理完了!
やった私、頑張った私、もうアホの子とか孫とか子孫とか言わせない!
次元魔法なんて現代じゃ使える人なんていない。当然その魔法を付与した次元魔法の杖なんて国宝級。公爵夫人のティアラなんて目じゃない。それを直した私はすごい!
肘くらいのタクトを握った拳を天にたかだかと突き上げると、ヘッドの宝石が私を祝福するように輝いた。
「やーありがとうひいおじいちゃん。杖をとっといてくれて! これで異世界にいって色々持ちかえれば私の地位は安泰!」
……まあ一つの世界しか行けないし、壊れてたし、ウチことライアン伯爵家を傾かせたのは紛れもなくアナタなんですけどね。
一瞬我に返り心に昏い影がさしてしまった。
いけないいけない、こういうのはテンション上げて喜ばなきゃ!
「でもでもわたくし、ひ孫のヴィータがやってのけました。父方母方一族郎党が脳筋なおかげで、”脳筋サラブレッド”なんていわれておりますが、元をたどればライアン伯爵家は魔導で身を立てた家柄。先祖の魔導書と、杖のトリセツをたよりにコツコツ直してみせましたよ!」
――カッ、カッ、カッ
「さて、お片付けーをしーたらー」
色々入った木箱を異空間への入り口が開いた寮の壁に投げつけていく。
行く先は杖が固有に持つ大容量ストレージだ。
まずは証拠隠滅からだよね!
――カッカッカッカッカ
「いよいーよー人体実験ー」
もちろん自分でだよ? 秘密にしなきゃいけないし、他人を事故殺したくないし。
――カカカカカカカ!
くるっと回って手は腰に、人差し指はピンと前!
空間固定は多めに設定。動物実験も問題なし。再現度も100%。ゲートの開閉も大丈夫!
「指さし確認、ヨシ!」
――バァン!
「ヨシ、じゃありません!」
「ひぅっっっ!!」
「うるっさい!」
「ピッ!」
「脳筋牝馬」
「あぐぅ……」
学院の寮部屋とは言えど、ここは淑女の個室。寮長といえどノックも無しに入るなんて……
なんて言えるわけもない。三人の淑女達は私の上司とも言える方なので身体はなさけなくも縮こまってしまう。
「ヴィータさん? わたくし言いましたよねぇ」
「な、何をでしょう……」
「「「淑女は叫ばない!」」」
耳が! ソプラノ、アルト、メゾソプラノの三重奏が!
皆さん大変お美しいお顔立ちであらせられるのに、なんで私と話すとき七割がた怒ってらっしゃるのですか⁉
「すいません、つい嬉しくって……」
「嬉しくても普通あのような声は出せませんよ?」
はあ、と額に指をあてため息をつくのはイーゼルバッハ伯爵家のカミラ様。
私以上に背が高く170程度、すらりと伸びた細身に桃色がかった銀髪、明桃色の髪をサイドに流した姿は社交界のうなじフェチ達を虜にしております。
「なんで喜びの声が戦場の鬨の声みたいに腹に響くんだよ、おかしいだろ」
カミラ様に続くのは平均的な158程度の背丈に赤みがかった黒髪をショートカットにしたグレースだ。
彼女の生家であるヴェルヘンブルク侯爵家はうちより家格は上だけど、タウンハウスが近い事もあって仲が良い。いわゆる幼馴染というやつだ。
歯に衣着せぬもの良いと裏腹な面倒見の良さが気弱な上級貴族の次男三男に大人気。それにしても、もう少しオブラートに包んでもいいじゃない?
「それで? なにが嬉しかったの?」
二人の後ろから無表情のまま語りかけてきたのはアルコブルク公爵家のファビアンナ様。
愛くるしい妖精のような顔と波打つ暗青色の髪を持ったアンナ様は、私が所属する王立第一学院の派閥、公爵派のトップにしてアイドル。
身長は若干小柄な14……約150。本日もすばらしい圧にございます。
「それは――ですね」
私の舌はギシリと魔力の切れたオートマタの如く動かなくなってしまった。
言えない! これを使って派閥に貢献して自分の安泰、ついでに家の再興をしようとしていたけど、ここで金の玉子を生むガチョウを取り上げられたら貢献は一度きり、安泰は持続的にならない!
ガタガタ震えつつ沈黙していると、部屋の空気が体感的にぐんぐん下がっていく。
「言えないなら言えないといってもいいのよ? とにかく、静かにして」
「はい、気をつけます……」
アンナ様がきびすを返して他の二人を伴い部屋から出て行く。
「さっきの声で、貴方の派閥への貢献度が二、減ったわ。私の中に、貴方にかけられる温情がどれだけ残っているのか……計算しておいてね」
……こわぁ!
去り際アンナ様が浮かべた笑みには包容力はあるけれど慈愛はまったくなかった。
貢献度がマイナスになるあたりで、それまで培ってきた友情とか思い出とか関係なく切り捨てる眼だった。
ヒールが床を叩く音が遠ざかるのを確認し、ため息とともにベッドの側に崩れ落ちた。
貴族の世界せち辛ぇ!
でも私は悪くない。だって実家の脳筋はこの辺りの世渡りを全然教えてくれなかったもん。
数をこなせば肌でわかるって言うけど、こなす前に社交界的に死んじゃうんですけど! 貢献度を全快させるポーションとか無いのひいおじいちゃん!
ライアン家はアルコブルク公爵の下につき、もっぱら個人の戦闘力に物を言わせ戦場で活躍していたので重用されていた。
でも最近は戦争自体が減ってきて、ライアン家の将来には暗雲がたれこめている。
「このままじゃ本当に私の将来は危なかった……でも大丈夫、この杖があれば!」
枕の下から杖を取り出す。
カミラ様がドアをあける一瞬前に野生の勘が働いたので隠したのだ。
こういう所でライアン家の血筋を自覚して複雑な気持ちになるなぁ。
ま、気を取り直して良い所まで進んでいた実験をしよう。
私がなおせた杖の機能は、現代のストレージとは桁違いの大容量ストレージと、この世界と別世界をつなぐ「異界門」だけ。
なぜ同じ世界を自由に行き来する「転移門」が修理できなかったのか?
こっちの方が簡単なんじゃないか?
そんな疑問もあるでしょう。
なおせたのが偶然だからに決まってるでしょうが!
でもそんな事「異界門」がもたらす利益に比べればささいな事、些事!
異世界にはそれこそこちらの魔法では実現できないすごい道具や強力な武器、素晴らしい文化がある。
ひいおじいちゃんはそれらを持ちかえっては公爵様に献上して地位をあげていったのだ。
私もそれを真似すれば、派閥への貢献度なんてドッカンドッカン上がるはず!
「さて、指さし確認、ヨシ! まで言ったから、次は実際に門をひらきます」
トリセツを見ながら杖を操作し、おぼろげに光る門をクローゼットの奥に出現させた。
ところでこの指さし確認、ヨシ! って何の呪文だろう。
「さ、もう一度このヒクイトカゲで安全確認」
首輪を付けた灰色のヒクイトカゲがのしのしと門のむこうへと消えていく。
ひもをたぐると背中を丸めたトカゲが不服そうな顔をしてもどってきた。
生き物の行き来は大丈夫みたいだ。
「よし。じゃあ、せーの!」
――コツ。
飛びこんだ先はひどく殺風景な場所だった。
「ん? 白い、部屋?」
私が驚いている横をヒクイトカゲが我が物顔で通り過ぎていった。
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