ナフコでの再会
その日、優斗と一弘の二人は、一弘の愛車である75年式シボレー・カプリスのローライダーに乗って、地元のホームセンターに向かっていた。
一弘のカプリスは屋根の開閉が出来るオープンカー、コンバーチブルと呼ばれるタイプのクーペで、大きな車体も相まって非常に注目度が高い。
目的のホームセンターに到着し、駐車場から車を降りる際にも、こちらを指さして飛び跳ねている小さな女の子がいたくらいだ。
「何ば買うとやったっけ?」
「ジャッキ。タイヤ外すとき使うけん」
「あぁ、それでナフコね」
二人は自動ドアをくぐって店内へと入る。
ナフコは九州管内にいくつもの巨大な店舗を持つホームセンターだ。ベッドなどの大型家具からネジ一本まで、ありとあらゆる日用雑貨や住宅設備がそろう。カー用品、バイク用品もなかなかに充実しており、エンジンオイルやバッテリーなども多く取り扱っている。
一弘のカプリスはワイヤーホイールというホイールを装着しているのだが、彼はそれを一度外してピカピカに磨き上げるのが好きだ。今回買いに来たフロアジャッキは車体の下に潜り込ませ、車を浮き上がらせるのに使用する。
「タイヤワックスも買おうかいな。安いけん」
「タイヤワックス?」
カー用品売り場は二人にとってアミューズメントパークのようなものだ。次から次へと欲しいものが見つかってしまう。
ジャッキを買いに来たはずの一弘の心も、すぐ近くにあったタイヤワックスに浮気をしてしまった。
「あぁ、バイクのタイヤは塗ったら滑るし、車にしか塗らんけんね。これ使うとタイヤがビカビカになるったい」
「ほー、いいやん。買おうや。俺もこのカーシャンプー買おう。バイクにも使えるけん」
優斗はビッグスクーターのためにカーシャンプーを、一弘は車のためにタイヤワックスを手に持ち、そのまま最初の目当てだったジャッキを物色する。
「すんませんー。上野優斗くんやなかろうか?」
その時、横から別の客に声をかけられた。
「はい?」
「よかった、やっぱり優斗くんやった。ガラの悪か二人やけん、声かけるの怖かったばい」
「あ、梅田さん!」
作業着姿のその声の主は、大晦日の夜にインパラで優斗を轢いた男。梅田だった。
確かにギャングのような格好の一弘と、ヤンキーにしか見えない優斗に声はかけづらいだろう。
「梅田さん? 知り合い?」
梅田と初対面の一弘は誰だろうと首をかしげる。優斗と一弘では仕事関係を除き、大抵は共通の知人だ。
「あれたい、こないだ話した、58で俺ば轢いた人!」
「あぁぁーーっ! 思い出した! えらい偶然やね!」
「こんにちは、梅田です」
「はじめまして。今村っち言います。今日は58乗ってきとらすとですか? 見せてほしかー」
早速、一弘は優斗の話で聞いていた58インパラを見せてもらいたいと嘆願する。しかし、梅田は申し訳なさそうに自身の作業着を指さした。
「いやいや、今日は見ての通り仕事の途中やけん。軽トラックなもんで。それより、駐車場にあった75カプリス・コンバーは二人の? あれ見かけて、店内にオーナーさんらしき人がおらんか探しよったとですよ」
「あ、あれは俺のカプリスですよ。見ますか?」
「おぉ、やっぱり! 見させてもらおうかいな! よかったー、優斗くんがおったけん声かけれたばい! 今村さんだけやったら、ビビッて声かけきらんやったもん。こんな偶然もあるもんやね」
ジャッキを選び終わって会計を済ませた後は、梅田を加えた三人で駐車場へと向かった。
「はー、やっぱりよかねぇ。カプリス!」
梅田は食い入るように一弘のカプリスに見入っている。自身もインパラを保有するローライダーだけあって、その眼差しは真剣そのものだ。
「今度、俺にも58も見せてほしかですけどね」
「もちろんよかですよ! 番号教えてもらってよかですか? 連絡しますけん」
「ぜひぜひ」
これで一弘と梅田が知り合いとなった。彼らのインパラとカプリスの二台が並んで停まる日も近いだろう。
「優斗くんはビッグスクーター持っとったよね。あれもゴリゴリにいじってあってすごかったー」
「はい! 自慢の愛車やけん!」
大晦日に家まで送ってもらったので、梅田は優斗のバイクを見たことがある。かなりの改造を施しているので、それを見た彼は驚いていた。
「そういえば、今度ウチの庭で焚火囲んで、寒空の下でバーベキュー大会ばするばい。二人ともどげんですか? 来月の日曜の昼ばってん」
「え! 行きます! 肉とビールが大好物やけん!」
「行きます行きます! 他にもローライダーの集まるとですか?」
突然の嬉しいお誘いに二人は即答した。一弘の質問に梅田は頷く。
「もちろん、ウチの車が何台か来るよ」
「おぉー! よかですね」
「梅田さんのカークラブって何て言うとですか?」
「primeです。仲間内で立ち上げて、今年で五年目かなぁ。インパラがもう一台とリンカーン、キャデラック、あとはダットサントラックが一台の合計五台。でもなかなか都合あわんくて、全部は集まらんと思うけん、そこはご勘弁を」
決して大所帯ではないが、数々の魅力的な車のオーナーたちが所属しているようだ。
「うぉぉ、そりゃ楽しみですね! 絶対、迫力のある光景になるばい!」
「そやね。ぜひ、このカプリスも持ってきてよ」
「はい!」
優斗と一弘がそれぞれ梅田と握手をし、そこで仕事に戻るという彼とは別れることとなった。
「ね、めっちゃよか人やろ」
「そうやね。少なくともdopeほどガラは悪くないと思う。上野を轢いた後で助けてくれたってのも納得できるばい」
地元への帰り道の車内。優斗と一弘の家は徒歩でも行き来できるほどの距離なので、今から帰るのは一弘の家だ。そこから優斗は自宅まで三分ほど歩くことになる。
「悪い奴やったらそのまま逃げてもおかしくないけんねぇ」
「58はぶつかったところ壊れたりしてないと? 傷とかへこみとか」
「うん、全くの無傷やったよ。鉄製のごっついバンパーやし」
古いアメ車のほとんどには、むき出しの鉄棒を取ってつけたような極太のバンパーが備え付けられている。58インパラもその例外ではなく、車体の前後に人の腕ほどはある頑丈なバンパーがついていた。
優斗がぶつかったのはその部分で、梅田の58には傷一つついていない。
「そりゃよかった、貴重な車体やけんね」
「ちったぁ俺の身体も心配してばい」
「いや、あの時はしたやん。でももう治っとるけん。人間とは違って、車は放っといても治らんやろ」
薄情だなぁ、と優斗が頭をかく。
ただ、その気持ちは優斗にも分からないではない。彼もまた古いローライダーは好きだし、自分の新しいビッグスクーターと比べてかなり稀少価値の高いものだということも理解している。50年前の車体ともなれば、壊れてしまえば二度と手に入らないような部品だってあるのだ。
そして、一弘の言う通り、今ではすっかり優斗の怪我は治っている。
「一弘、今日はこの後なんかすると?」
「家帰って洗車やね。明日は天気悪いらしいけん、今日のうちに洗っとかんと」
「いいね。俺も暇やけん手伝うばい」
マンションやアパートなど無い、田舎町の二人の実家は一軒家であるため、洗車は自宅で時間を気にせず行うことができる。
明日が悪天候であればその後で洗った方がいいのではという意見が一般的だろうが、彼らの場合は逆だ。汚れがたまった状態でさらに汚れるより、綺麗に洗ってワックスを塗った状態で雨を弾いてやったほうがいいという考えだ。
当然、雨の中を愛車で移動するのは出来る限り避ける。雨の場合、一弘は実家にあるカブや軽トラを、優斗はビッグスクーターではなく原付のスクーターを使うことが多い。大事な愛車が泥はねで汚れるくらいなら、自身が濡れるのを選ぶわけだ。
一弘の家に到着した二人は早速、カプリスの洗車に取り掛かる。水を張ったバケツでシャンプーを泡立てて、それをたっぷりと車体につけて柔らかいスポンジで洗っていく。
水で泡と汚れを綺麗に流したら、乾いたタオルで拭きあげた後にワックスがけだ。ガラスにはコーティング剤、そして先ほど購入したタイヤワックスで足回りもピカピカに輝かせる。
ついでとばかりに一弘の大型バイク、カワサキのZ1も表に出し、同じシャンプーとワックスで洗い上げた。
「ふー、これでオッケー?」
「そやね。完了。二台とも手伝ってくれて悪いね。ビールでも飲んでいくやろ?」
「おぉ、ありがとう」
一弘が一番搾りの缶を二つ、家の冷蔵庫から持ってきて乾杯した。腰掛に折り畳みのアウトドア用椅子もある。
綺麗になった車やバイクを眺めながら、庭先でビール片手に談笑するのは至福の瞬間だ。
梅田と約束したBBQも非常に楽しみだ。今は二人だが、その時は大勢の車好きが集まることは間違いないのだから。
「ヤーマンも誘うやろか?」
「あー、いいね。多分来るっていうばい。でも、運転手代わりに呼んだと思われたくなかね」
「今更そげな事思わんやろ。車は俺のカプリス出すけん、帰りだけヤーマンに運転してもらおうや。俺からメールしとくね」
「うい」
一弘がヤーマンにメールを送ると、二つ返事で了解と返ってきた。今日は休みだったので、ちょうど携帯を見ていたのだろう。来月が楽しみだ。