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バリア  作者: 石丸優一
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大宰府天満宮にて

 九州で最大級の神社であり、観光名所でもある太宰府天満宮は、当然ながら正月の三箇日に最も多くの参拝客を集める。そして、交通機関を使って移動するという概念を持ち合わせていない県民が多いせいか、参道は勿論のこと、付近の幹線道路沿いは漏れなく大渋滞を引き起こす。

 この年もそれは例外ではなく、優斗たち四人を乗せたキャロルも大渋滞の中に巻き込まれていた。


 満車の看板が掲げられた駐車場をいくつもたらい回しにされ、ようやく車を停めることができたのは正午を過ぎたころだった。


「あぁーっ! 小便小便!」


「俺も!」


「俺もばい!」


 長時間車内で尿意を我慢していた優斗が駆け出すと、一弘やヤーマンもそれに続く。途中で買った缶コーヒーや缶ビールを退屈な車内で何本も空けていては、こうなってしまって当然だ。

 だが、この人込みでは便所の前にも行列が出来ており、そこでもまた待たされるのであった。


「あっぶねぇー。しかぶるとこやったばい」


「俺ちょっと出とったもん」


「きったねぇ」


 バカな話をしながら公衆便所から出てくる三人組。全員が洗った手をズボンで拭っている。そんな彼らに理子がハンドタオルを手渡してくれたので、一弘、ヤーマン、優斗の順でそれを使わせてもらった。


「ほい、タオルありがと。理子ちゃんは気の利くよか嫁になるばい」


「やめてよ、上野君。こんくらい普通やけん。男の人はだいたいハンカチ持ってないけん、こっちが準備してあげとかんと」


 返ってきたハンドタオルをトートバッグにしまいながら、ひらひらと手を振って理子が謙遜する。


「はは、俺も優斗に賛成するばい。一弘、理子ちゃん逃がさんようにせんとね」


「二人とも分かったけん、理子の話とかどげんでんよかろうが! さっさと境内に行くばい!」


 ヤーマンまでもが優斗の援護射撃をすると、一弘は照れ臭そうにずんずんと参道の先に歩き出した。理子が小走りでそれに続く。

 九州地方は未だに昭和の男女観が色濃く残っている地域なので、理子のように世話焼きな考え方をする女は珍しくない。


「五円玉あるやっかー? あー、ないわ。ヤーマン、持たん?」


「ご縁があるようにや? あ、五十円が二枚あるばい。ほら、一枚やるばい。これ賽銭箱のところに着いたら投げようや」


「おう。五十円でもいいとかいな?」


「穴があるけんよかやろ。知らんけど」 


「賽銭は五円がいいて言われるのって、下ネタが理由やったと?」


 最後尾からは、よくわからない賽銭談義をしている二人が歩き出したのだった。


……


「あっ、森田ぁー」


「おうー、みなさんお揃いで」


 鈴を鳴らし、賽銭を投げ入れて手を合わせていると、近くに先ほど出くわした森田とその彼女がいる事にヤーマンが気付いた。森田の彼女は振袖に髪を上げて、かなり気合を入れてきた様子だ。


「どうせならdopeのメンバーみんなで来るもんやと思ったけど、違ったったい?」


 一弘が森田に言った。


「うん、カークラブの初詣は昨日やったばい。大宰府やなくて、久留米の成田山やったけどね」


「あー。なんかバリ大きい像が建っとるよね。でも久留米の成田山って神社やなくて寺やない?」


 なるほど、仲間内は一月二日の昨日で、今日は彼女との初詣というわけだ。それに対する理子の質問は中々鋭いが、大抵の日本国民は神社も寺も関係なしに正月は参拝しているように思える。


「神社と寺って違うと? 一緒やと思っとった!」


 この通り、森田もその辺りは良く分かっていなかったようである。


「分かった! 坊さんがおるのが寺で、神主と巫女がおるのが神社たい!」


「鐘があるのが寺で、鈴があるのが神社やろうもん!」


「大晦日に行くのが寺で、正月に行くのが神社ばい!」


 優斗たちトリオがバラバラな意見で競い合っているが、これはどの意見も正解だと言えそうだ。


「私たちはこれからお昼やけど、森田君たちはもう帰ると? 予定決まっとらんなら一緒にどげんかな?」


 三人の意見には特に触れず、理子が別の話題に切り替えた。放っておいたら大喜利のように次々と答えを出し合い始めるのを早めに止めたのかもしれない。


「特に決まってないばい。何食べると?」


「正月やけん、寿司食おうばい! バイキングで!」


 ヤーマンが真っ先に希望を出す。県内の焼肉バイキングには寿司を取り扱う店も多いので、二千円も出せば寿司が食べ放題だ。大食らいの彼にはこれ以上ない楽園である。


……


 大宰府近辺では混みあうだろうということで、森田とその彼女を加えた一同は少し離れた郊外のバイキングに向かった。

 そこでも一時間ほど並ぶ結果となったが、ヤーマンの空腹が限界を迎える前に入店することができた。


「おっし! じゃんじゃん焼くばいー」


「ヤーマン、寿司は要らんと?」


 店員から焼き網を備える六人掛けのテーブルに案内されるや否や、ダッシュで食べ物を取りに行ったヤーマン。その両手にはカルビやロースなど、肉ばかりがこんもりと積みあがった小皿を持っている。


「もちろん食うばい! 先に網に肉ば置いてから、焼ける前に寿司ば取りに行ってくる!」


「あぁー、白米代わりに寿司をかきこむったい!? よかね!」


 それは贅沢の極みだと森田も感心している。ドライバーのヤーマンと森田には悪くない案だが、酒好きの優斗と一弘は米よりもビールが欲しいところだ。


「それなら私がお寿司とってくるけん、みんなは焼いて食べよっていいよ。一弘と上野君は生よね? それも頼んでくるね」


 ここでも女子力を発揮した理子が、手早く小皿と割り箸を全員に配ってテキパキと仕事をこなしていく。


「あ、あたしも行きます!」


 森田の彼女も立ち上がろうとするも、それは今しがた席を立った理子以外のメンツによって止められた。


「よかよか! 千絵ちゃんは振袖で動きにくいやろうけん、ジッとしとき!」


「森田。お前、壁際の奥に座らせて千絵ちゃんが動かんようにしとけって」


「そうばい。皿でも落として着物が汚れたらめんどくさかろうもん。かなり上等な絹やね、それ? かわいかぁ」


 森田が席を移動しつつ、申し訳なさそうに頭をかく。


「しかし一弘の彼女さんにばっかり働かせて悪かねぇ。俺も行ってこようかいな」


「よかろ。理子はあげんして世話焼くのが好きっちゃけん、勝手にやらせとったら」


 一弘がキャップのつばを触りながら興味なさげに言った。彼はクリップスと呼ばれるカリフォルニアのギャングファッションを参考にしていることが多く、この日も紺色のベースボールキャップとスタジャン、腰からはバンダナを垂らしていた。


「千絵ちゃんも気にせんでよかけん? アイツがやりたくてやりよるだけばい」


「はい、ありがとうございます!」


 一弘が森田の彼女にもフォローを入れていると、お待ちかねの寿司やビールがやって来た。ヤーマンが取り仕切っている肉の焼け具合も上々だ。


「ほんだら、カンパーイ」


「乾杯!」


 優斗と一弘はジョッキ。他の面々は湯呑のお茶を軽くぶつけて、しばしの楽しいひと時が始まる。


「てか、優斗の怪我の事もちゃんと謝らないかんよね。俺はdopeのメンバーやし、五郎はもちろんなんやけど、こうやって優斗たちとも付き合いあるけん、板挟みになっとるんよね、マジで」


「まぁ森田はそんな感じやろなーとは思っとるよ。でも付き合いが深いのはdopeやろうし、どうしようもなかろうー」


 優斗本人の意見はやはり楽観的だ。五郎への恨みつらみは消えてなどいないが、ここで森田に当たるのもお門違いだということはわきまえている。


 何よりも、楽しい食事と酒の時間なのだ。自身の話題で湿っぽい雰囲気になることは、優斗が最も苦手とするところである。

 だからこそ彼は、人目のあるところで弱音は決して吐かないし、実はかなりのビビりで泣き虫だということも隠し通している。あくまでも楽観的で適当な男。道化を演じているのだ。無論それは誰かを騙すためではなく、周りを暗くしたくないという配慮からであった。


「マジですげぇね、優斗は。俺やったらはらわた煮えくりかえって絶対に五郎を許さんってなるばい」


「だけん森田、それは俺も思っとるて。でも単純にdope相手に喧嘩売っても勝ち目ないやん。俺の腕っぷしの弱さは天下一品ばい? それに、たとえ五郎を痛い目にあわせても何かスッキリせん気がする」


「うんうん、いいこと言うねー」


 平和主義者のヤーマンが明らかに適当な相槌を打つ。肉と寿司を口いっぱいに頬張っていては、うわの空にしか聞こえない。


「俺やったらブチ切れるばい。優斗がよかって言うけん、そんなもんかって放っとるけど」


 これは一弘だ。彼は三人の中で比較すれば好戦的な方だと言える。ヤーマンほどに温厚でなく、優斗ほどにビビりでもない。自らに降りかかる火の粉くらいは振り払う。だが今回は、被害者である優斗本人がよしとしているので許容範囲だというわけだ。もし優斗が五郎をぶっ飛ばすといえば力を貸してくれるのは間違いなかった。


「いや、それは俺も考えたくないね。一弘と五郎が争うのは想像もつかん」


 森田が言った。あくまでも、五郎とそりが合わないのは優斗だ。ヤーマンは微妙なところで、一弘は悪いというわけでもない。

 ここにいる三人はこれ以上ない親友だが、小学校からの付き合いでもあるせいで共通の知人も多い。その一人一人に対しては三人それぞれで友好度合いは違う。逆に優斗とは仲が良いのに一弘とは険悪な知人も存在するのだ。ヤーマンも同様である。


「もう全部あのインパラの人のおかげで吹き飛んだもんね」


「そう言えばそうやったね! 俺たちはあの後すぐ解散したばってん、一体あの人はなんやったと?」


 森田もdopeというローライダーを愛するC.C.に所属しているのだ。車の話題には興味が尽きない。


「詳しくは何も聞いとらんよ。ただ、激渋の58やったばい」


「58やったと!? うわー、見とけばよかったー!」


「そんで轢かれたっちゃけど、そのあと家まで送ってくれらしたばい。いい人やったー」


「は!? 轢かれたとね!?」


 ただでさえ五郎からバットを食らわせれていたのに、まさかそのあとで車にまではねられていたとは、森田でなくとも予測できなかっただろう。


「そうばい。でも轢かれたのは意外と平気やった。なんか知らんけど上手く受け身とれたっぽい」


「ならよかばってん……災難やったね」


「でも58とかレアやん? 面白い話いろいろ聞かせてもらったばい」


 シボレー・インパラの1958年式は、いわゆる初期型というやつだ。2004年の時点で五十年近くも前の車体となればかなり数が少なく、非常に高額であった。


「その人、どっかのカークラブ入っとらした?」


「うん、入っとらしたばい。カークラブの名前はなんて言いよったかな。名前忘れてしもうた」


 これは一弘とヤーマンも初耳だったが、優斗をはねたアメ車乗りの人物は事故現場から彼をを家まで送り届けてくれ、その間に話すことで仲良くなっていたようだ。


「番号は?」


「あるよ。これ……梅田さん、げな」


 森田に携帯電話の画面を見せる優斗。一応は交通事故の被害者と加害者になるので番号も交換し、包帯などのお代は払ってもらっていた。だが、優斗の怪我はほとんど暴行によるものなので、交通事故として警察や病院には連絡していない。


「年上?」


「うん。二個か三個上やったはず。ギャングスタっぽい格好でもなかったし、普通の人やったよ」


 アメ車のローライダーに乗る人間はガラの悪い人種であることも少なくないのだが、優斗の話によると梅田という男は普通だったらしい。


「ふーん。58ならだいぶ目立つ車やし、どこかのイベントで会うかもしれんなぁ」


「そうと? もし会ったら、俺があの時はありがとうございましたって言いよったて伝えとってばい」


「いいばい」


「よろしくー」


 この話題はここまでだ。ほとんど優斗と森田が二人で話し込んでしまっていたが、ヤーマンは黙々と食べ、一弘は二杯目のビールをあおり、女子二人はガールズトークに華を咲かせているので問題ないだろう。


……


「腹いっぱいなったー」


「吐いてまでまた食うのはちと引いたばい」


 満足げなヤーマンの横で、優斗は苦笑いだ。

 テーブルには空になった皿が積み上げられている。そのほとんどがヤーマンが平らげた寿司の皿だ。胃の許容値の限界を突破するまで腹に食べ物を詰め込んだヤーマンは、途中で便所に駆け込み、吐き戻してからまた食い始めるという離れ技をやってのけたのだった。本人は満足そうなのでそれ以上は誰も何も言わないが。


「んじゃ帰ろうかね。森田は? 久留米方面に戻ると? それとも大野城?」


「キャナルに行くばい」


「うわー、デートやん。よかねぇ。ばってん、今日はバリ混んどるやろうけん気を付けてばい!」


 キャナルとはキャナルシティ博多の事だ。映画館やホテルなども併設された超大型のショッピングモールで、福岡市内のデートスポットとしては最適である。

 うらやましそうな声を上げている優斗は、恋人とデートらしいデートを楽しんだ経験がない。たまにできたりする彼女とも、カラオケや居酒屋のような近場で遊ぶことがほとんどだった。


「なら俺たち二人は先に出るばい! またの!」


「お邪魔しましたー」


 森田と彼女の千絵が四人に別れを告げて店外へと向かう。二人の会計は既に理子が預かっている。

 それから腹をさすっているヤーマンが落ち着くのを十分ほど待ち、優斗たちもキャロルで帰路についたのだった。

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