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バリア  作者: 石丸優一
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our hood

 2004年12月31日。22時47分。


 福岡県南部。


 九州の地を南北に走る主要高速道路。

 九州縦貫自動車道鹿児島線。通称、九州道。


 その高架下。



 ガァン!


 真上にある高速道路を走る車の排気音、タイヤノイズに混じって、一つの金属音が狭いトンネル内に響き渡った。


「ひっ!」


 続けて、短い男の悲鳴。


 人の往来は皆無ではない。

 だがその中に街灯は一つも無く、整備を放置されたアスファルトの轍は年中水溜まりを抱え、さらに不法投棄された空き缶やごみ袋が無数に浮かんでいるせいでそこには腐敗臭が漂っていた。


 無機質なコンクリートの両壁には、カラースプレーによる無数の落書きが隙間なくひしめき合っている。

 タグと呼ばれるそれは、この地区に点在する街のゴロツキが自らのテリトリーを主張する為に施したマーキングである。

 ストリートグラフィティの様な絵心を感じさせる芸術性は無く、ただひたすらに文字を羅列させただけの醜い代物だ。


 金属バットがスッと、這いつくばって悲鳴を上げた男の目の前におりてくる。


「次は当てるけん?」


 頭上から落ちてくる冷徹な声。短く刈り上げた頭。両耳にはダイヤモンドのピアス。服装はベースボールシャツにディッキーズの作業着、コンバースのオールスター。最近流行っている西海岸系ギャングのファッションだ。

 対してバットを向けられている男。派手な金髪に染め上げた頭が特徴的だ。くたびれた白のTシャツは泥水と血で汚れ、デニムの股間からはうっすらと小便が垂れている。必死で我慢したのだろうが、恐怖心から全てを防ぐのは難しかったらしい。


「ちょ、待って」


「待たん」


 グッと腹にバットの先を押し当てられる。ゲラゲラと周りからは笑い声が起きた。

 金髪男にバットを押し当てているギャングの仲間たちだ。真っ暗なトンネル内によく響くそれは、今まさに追い詰められている金髪の男に、敵の多さを改めて実感させた。


「おい、五郎」


「あぁ?」


 その笑い声の中、絶体絶命のピンチを少しだけ引き延ばす声が上がった。仲間のうちの一人らしい。


「誰かトンネルに入ってきたばい」


「誰や? 追い出さんか。コイツの頭かち割ったらもう帰るけん」


 暗いトンネルとは言え、人は通る。車も一台ずつであれば通れるくらいの幅がある。しかし、大勢の不良メンバーがひしめいているその中へ進んでやって来ようとは酔狂なものがいたものだ。


「おーい」


 そして、本当に部外者らしき誰かの声がトンネルの中で場違いなほど朗らかに響き渡った。


「ごめんやけど、車ば通したいけんさ。ちぃと道ば空けてくれんやろかぁ?」


「……はひ?」


 最初に思わずそう言ったのは、追い込まれていたはずの金髪男の方だった。

 殺されるか、運が良くても大怪我を負わされるところだったのに、急に解けてしまった緊張感のせいで間抜けな声を出してしまった。


「誰やキサン! 今このトンネルは通行止めたい! 他の道ば探せ!」


 五郎と呼ばれていたバット男がイライラと叫ぶ。だが、その謎の人物は極めて明るい口調のまま返した。


「んなら、轢かれても文句言うなよぉ」


 数歩だけ歩く音が聞こえ、その直後に「バルン!」と大音量の排気音が起きる。


「OHVの8発? 五郎! こりゃアメ車の音ばい!」


「馬鹿が! そげな事はどうでもよかろうもん! 早う止めんか!」


「いや無理やし! こっちは生身ばい!?」


 ドドドドドドッ! 


 近づいてくる排気音とヘッドライトの明かり。速度もなかなかの勢いなので、本当に轢いてしまうつもりらしい。そして、一気に混乱の渦に包まれるトンネル内部。


「八人もおるんやけん、車の一台くらい止めれるやろ!」


「無理て! 五郎、お前も早う来い! もう突っ込んで来よる!」


「あぁ!? クソがぁ! おい優斗、お前、今度見かけたら殺すけんな!」


 金属バットを投げつけ、それと同時に金髪男への捨て台詞を吐きながら逃げていく。


「は、ははは……」


 既にぼこぼこにされ、とどめを刺されるところだったはずが、あっという間に全く持って意味不明の状況だ。優斗と呼ばれた金髪男からは、渇いた空笑いしか出てこない。だが……


 ドドドドドドッ……!


 突っ込んできていた、謎の人物が乗る車は止まらない。


「えっ!? ひぃぃぃぁぁぁっ!」


 ドンッ。


「あっ」


 普通に轢かれた。


 どたんばたんと数回アスファルトで身体がバウンドし、ぐるぐると回転をした後に、ようやく最終的にあおむけの状態で止まった。

 急加速したとはいえ、速度で言えば時速30キロも出ていなかったはず。しかしそれでも衝撃はかなりのものだ。


「あらっ!? ちょっと! ごめん! なんで逃げんやったと!?」


 ガチャリとドアが開いて、謎の人物が駆け寄ってくる。


「いっ……てぇ……」


 これが金髪男、優斗と、その命の恩人、梅田の出会いであった。

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